第十九話 ハルの折り紙

「さて、こちらからも質問しても、よろしいかな? 自分を耳なしかも知れないと言う、ヒロト殿。あなたは何者だ?」


 俺がその質問に、どう答えようか考えていると、図書室の扉が乱暴に開かれた。


「治療師長、近隣の教会の者が到着しはじめました」


「わかった。エンド、ヒロト殿を客室へ案内してやってくれ」


「地下牢ではなく、客室ですか?」


 地下牢、あるのかよ! やっぱ教会怖えな。


「ああ、客室だ。ヒロト殿、夜にでも部屋に伺うので、ゆっくり話を聞かせて欲しい。いきなり処刑なんて事にはならんと、私が保証するよ」


 ちょっと待て! いきなりじゃなければ、処刑もあり得るのかよ! 逃げる、マジで逃げるぞ俺は!



 とりあえず、寝静まるのを待つ。荷物どーしよっかなー。ラッカとか、画材一式とか、地図にない村の人にもらった物とか、諦め難い物がたくさん入っている。


 まあ、命が大切だな。仕方ない。ちなみに、扉の鍵開けも、トプルから一応習得済みだ。


 そんな事を考えながら、服の袖に仕込んだヤスリを探り出し、縛られている縄に当てる。


 ショリショリと少しずつ削っていると、扉が音もなく少しだけ開いた。


「きみは………」


 教会に来た時に、一番最初に声をかけた、年若いガゼル耳の女性だった。


 後ろ手に扉を閉め、意を決したように口を開く。若干顔色まで悪くしている。


「あの、これを見て、ですね。あと、昼間のアトラ治療師長との話を聞かせてもらった、のです。それで、おは、お話をして、みようかと、思ったのです」


 しどろもどろで、変な話し方になってるな。おずおずと紙片を差し出す。


 それはひまわり少女がくれた、彼女の名前入りの教会の保証印だった。俺は気持ちが嬉しくて、つい受け取ってしまったが、使う気はなかった。この地で耳なしの保証人となるなど、危険過ぎる。


 おそらく、このガゼル耳の女性が、俺の荷物を改める役回りだったのだろう。


「チャーリアは妹も同然の幼馴染です。何があったか、教えて下さい」


 ひまわり少女の名前は、チャーリアと読むのか。綴りが独特で、俺もハルも読むことができなかった。


「俺と息子が赤ん坊熱で、命を拾ってもらった。とても感謝する、です。迷惑、かけたくない」


「……そうですか。そうなんですか……。チャーリアが拾った命なら、私が見過ごすわけにはいかない」


「大丈夫。俺は勝手に逃げる。きみは関わる、ダメ。心配、いらない」


 押し問答をしていると、階段を上がる足音が聞こえて来た。


 マズイ! 隠れて!


 ガゼル耳の女性が、急いでカーテンのかげに隠れた。




 ▽△▽




 朝方、アトラ治療師長とガゼル耳の女性に連れられて、教会の扉の前に立つ。


「俺が逃げて、ふたりは困る、しないか?」


「伊達に年は重ねておらんよ。強硬派の五人や六人、煙に巻いてみせるさ。彼女の事も私に任せなさい」


「アトラ治療師。いつか、あなたと、ゆっくり酒、呑みたい」


「ああ、いいな。いつか、呑もう。良い酒を用意してーーー」


『パン! パンパン!!』


 アトラ治療師の言葉をかき消すように、扉の外から破裂音が響いた。


 これはハルの紙テッポウか? 慌てて扉を開くと、ハルがクーに立ち騎乗し、ハナがハルの背中にしがみついている。


『パン!! パン!!』


 両手に持った紙テッポウを鳴らし、ハルがポンチョのフードを下ろして叫ぶ。


『ぼくは耳なし! 耳なしのハル! お父さんをかえせ!』


『とーたんを、かえせー!』


 ハナが少し遅れて叫ぶ。


『パン!!パン!!』


 連続で紙テッポウを鳴らす。ハナがせっせと、後ろで鳴らし済みの紙テッポウを折り直している。


 アトラ治療師とガゼル耳の女性が、小さく声をあげ、頭を抱えて座り込んだ。


「オモチャ! 故郷の子供のオモチャ! 音だけ! 危険ない!」


アド・カラランお父さんをーー!!』


 ハルが何かを高く投げ上げ、スリング・ショットで撃った。


ヤツハ・トリモはなせーー!!』


 くす玉のような物が割れ、紙吹雪が舞った。渦巻き型の紙や、小さな紙トンボがクルクルと回りながら、ゆっくりと舞い落ちる。


「あれは?」


 アトラ治療師が、青い顔をして尋ねてくる。


「あれも故郷の遊び。お祝いの時、撒いたりする」


「何事だ! 耳なしの襲撃か?」


 大きな声と音に、人が集まって来てしまった。確かに耳なしの襲撃だ。ハルの折り紙無双だ。


 エンドや教会の人たちが、風に舞いながら落ちて来る紙吹雪とクルクル回る紙トンボを、恐る恐る見上げる。


『パン! パンパン!!』


 ハルがまた紙テッポウを鳴らす。弓矢を構えていた男が、驚いて矢を取り落として逃げる。


『あくびーー!!』


 ハルが呼び、ハナがヒューっとパラシュ寄せの笛を吹く。


 ドガァーン!


 あくびが上から降って来た。えっ、あくびどこにいたの? 屋根の上? なんで?



 なんだこの段取り。ハルが全部仕組んだのか? 紙テッポウを折って、紙吹雪入りのくす玉を作り、あくびを待機させたのか? しかも名乗り、上げやがった! 『耳なしのハル』って! なんだそのヒーローみたいな登場! めっちゃカッコイイじゃねぇか! 俺は笑いがこみ上げて来た。


「ハハッ!ハハハハハ!」


「お父さん! わらってないで、早くにげよう!」


「このまま行きなさい!」


 アトラ治療師が言い、ガゼル耳の女性が荷物を渡してくれる。


「ありがとう! あなた方に、良い風が吹きますように!」


 あくびに飛び乗り、街の入り口を目指す。もう本当にこのまま逃げるしかねぇな!


 自警団の人たちが、バラバラと詰所から飛び出し、街道への道を塞ぐ。


「ハル、紙吹雪、まだあるか?」


「うん! まだいっぱいある!」


「こっち寄こせ! お父さん投げるから、外すなよ!」


 紙吹雪入りのくす玉を受け取り、空高く投げ上げる。


 ハルがスリング・ショットでくす玉を撃ち抜く。俺はヒットのタイミングに合わせて、紙テッポウを鳴らした。


『パン! パン!』


 自警団の人たちが驚いて飛び上がり、舞い落ちる紙吹雪を避けて、右往左往する。


 俺はすれ違いざまに叫んだ。


「驚かせてすまん! ただの紙だ。危険はない!」


 自警団の人たちは、ポカンと口を開けて、紙吹雪が舞い落ちる朝焼けの空を見上げていた。


 クルクルと紙トンボが、回りながら風に舞う。登りはじめた朝日に、キラキラと輝く。俺はまた笑いがこみ上げて来た。


「クククッ! ハハッ! ハハハハッ!」


「お父さん、にげながらわらうと、すごいわるものっぽいよ」


 ハルが呆れながら言った。


「とーたん、わるものー、まおー」


 ハナが、ハルの真似をして言った。


 悪者っていうより、ヒーローに助け出してもらったヒロインだろう?


 全く無茶しやがって! あとで説教だ!


 だが、ハルは知恵を絞り、大人の手を借りる事なく、自分の出来る全ての力を尽くして、俺を助けに来たのだ。


 これは感動モノだろう? おい、ナナミ、おまえが行方不明になんかになってる間に、ハルがヒーローになっちまったぞ!


 俺はもうひとつ紙吹雪入りのくす玉を、高く、高く投げ上げた。ハルの撃ったスリング・ショットの玉が見事にヒットし、紙吹雪が舞い落ちる中を、あくびとクーが駆け抜ける。


 うちのヒーローの痛快な救出劇を、祝福するように、金色の小さな紙トンボが、クルクルと回りながら空を舞った。


 俺はといえば、さっきのアレ、動画で残したかったなー! と、割と本気で呟いた。

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