第十一話 草原を渡る風

 ひまわり少女の教会を出て四日目の朝。街道は、小高い丘と小さな森をいくつか超えたあと、見渡す限りの草原へと差し掛かった。


 大きく蛇行する、緩やかな流れの川に、脚の長い鳥が群れている。背中が大きく盛り上がった牛に似た角を持つ動物が、其処此処そこここで草をんでいる。


 背の低い葉の少ない木には、腕の長い小さなオレンジ色の猿が遊び、色鮮やかな緑色の鳥が二羽、ピュルルル、ピュルララと鳴き交わしながら、絡まるように飛んでいく。


「うわー! どうぶつがいっぱいだ! サファリパークみたい!」


 確かに、こんなにもたくさんの命を養う豊かさは、茜岩谷サラサスーンにはない。むせ返るような、水と緑と、命の数に圧倒される。


『草いきれ』いうものを、久しぶりに嗅いだ。渡る風は青葉の匂いで、しっとりと湿っている。


 街道は川の流れる方向に、場違いなたたずまいで細く、長く伸びている。時折草にのまれながらも、辛抱強く道をつなぐ。


 こんな場所まで石を運び、道を作る作業なんて、気が遠くなるな。


 棘サボテンを扇状に開いたような尾羽を持つ、胸の膨らんだ大きな鳥が、悠々と街道を横切って行く。人も、あくびのことも恐れていないようだ。


「あっ! お父さん、馬がいるよ! このへんのどうぶつなんだねぇ」


 大岩の家で『馬』と呼んでいる動物の群れが、遠くに見える。本当の名前は『シャーハ』。力持ちで脚も早く、とても頼りになる動物だ。



 俺もハルも、体調はほぼ回復した。赤ん坊熱の特効薬であるという、猫目蛇とやらには、見かける機会があったら頭を下げたいほどだ。


 いや、とても強い毒を持っていると言っていたから、できれば会いたくないな。




 ザバトランガ地方へ入って、雨の多さには驚いた。雨具の用意はして来たが、地面がぬかるんでしまっては、野営の場所も見つからない。


 雨が降ると、燃料にも困る。茜岩谷サラサスーンでは立ち枯れた木が多くあったので、煮炊きにも困らなかったが、ここではそうはいかない。生木は燃料には向いていない。


 大きな木の下で野営した時、夜中に雨が降り出して地面に敷いた毛織物が濡れてしまった事もあった。


 雨は、降り過ぎても、降らな過ぎても、厄介なもんだな。


 高い場所にある洞窟や岩棚が理想だ。



 天気には振り回されたが、狩りの獲物には事欠かない。川縁にたくさん群れている脚の長い鳥が、簡単に狩れるし、川で魚も獲れる。


 木の根元に穴を掘って住んでいる、イノシシとネズミの中間のような動物がいて、コレが美味うまかった! 初めて焼いて食べた時には、三人で顔を見合わせて、頷き合ってしまった。



 久しぶりに食べる、豚肉の味だった。油が甘く、赤身部分は歯ごたえがある。サラサスーンの図鑑にはいない動物だったので『ウリチュー』と呼ぶことにした。瓜坊の『ウリ』とネズミの『チュー』。命名はハルだ。


 あまり可愛い名前をつけると、食べたり狩ったりが辛くなるかと思ったが、ハルもハナも、食欲には忠実だった。大喜びで狩って、もりもり食う。


「やっぱり、しょうがやきは、ぶた肉だよね!」


「とーたん、おかわり!」


 おう! たくさん食べて、元気が一番だ。でも薄切りは難しいんだよ! 明日はミンチにしてメンチカツでも作るか!


 植物も茜岩谷サラサスーンとは様変わりしていて、見たこともないものばかりだ。そんな時はクーを頼る。ヤーモから『クーの食べるものは、人が食べても大丈夫』とお墨付きをもらっている。


 背の高い、長ネギとセロリを足して二で割ったような植物がたくさん生えていて、コレが使い勝手が抜群に良い。葉は少し粘り気があり、生でもイケる。根元の白い部分は茹でるとホロホロと甘くなり、根は肉と煮ると味がしみて柔らかく蕩ける。


 ネギセロリと呼ぶことにした。そのまんまだな。名づけはハルの方がセンスが良い。



 肉食のケモノも多く見かけた。サビやキジトラを大きくしたような、ネコ科の動物が木の枝で昼寝していたり、朝夕には狼の遠吠えも聞こえる。野営には特に気を使った。


 一度キジトラ模様がこちらに興味を持って、近づいて来たことがあった。敵意は感じなかったが、クーの耳を押さえてから、ハルの折った紙テッポウで『パン!!!』と、大きな音を立てて追い払った。あくびの耳がどこなのかは、わからなかった。


『とーたん! にゃー、逃げちゃった!』と、ハナが不服そうに言ったが、あんなサーベルタイガーみたいな牙のにゃーは、お友だちになってはくれません!




 ひまわり少女とのやり取りで、ザバトランガは、俺たち耳なしにとって、予想よりも危険な土地であるらしい事がわかった。あまり街には近づかずに、さっさとトルルザへと向かってしまおう。


 そんな風に考えていた矢先、シャーハに乗ったサビ耳の人に出会った。


 ふわふわの、ウサギっぽい耳の長い動物の群れを連れている。


 こちらに向けて、手を振っている。挨拶をして通り過ぎるか、交流を持ってみるか。


 さて、どうする?

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