第十一話 隠し扉
爺さんに色々と質問しながら、再び忌み地へと向かう。
俺やリュートが思った通り、大岩の家の壁が開くギミックは、忌み地の隠し扉を参考にしたり、材料を持ち出したりして作ったそうだ。テコの原理とリール、空気圧を利用しているらしい。リュートもロレンも、メモを取りそうな勢いで質問を挟みながら、真剣に聞いていた。
俺とハルのゴーグルにも、忌み地の技術の応用らしい。そう言われてみればピントが調節できる機能なんて、この世界では見た事がない。
「ねぇ、父さん。母さんとは忌み地で
「ん? ああ、忌み地からの、帰り道だな」
さゆりさんは小高い岩山の
そういえばスーパーで、キャベツを手に取った瞬間に転移したと言っていた。
「血だらけの素足をぶらぶらさせて、泣きながらキャベツを食っていた」
なんだろう。爺さんはまるで甘酸っぱい想い出みたいに話しているのに、キャベツが邪魔をする。
「バカみたいに踵の高い靴を持っていてな、あんな靴で
夏だったはずだから、きっとミュールかサンダルを履いていたんだろう。
「空飛ぶ船から落ちた、耳なしの子供の話があっただろう?」
『耳なしクロル』。クロルは船から落ちたのか。俺の読んだ絵本には書いてなかったな。
「あんな感じかなと思って、連れて帰った」
ほほう。連れて帰って嫁にした、と。
日本の昔話の『天女の羽衣』みたいだな。あの話はハッピーエンドじゃなかった気がするけど。
なんだか
馬が興奮して
しばらく走るとみんなから、ふっと力が抜ける気配がした。音のする範囲を抜けたのだろう。馬を並足に戻し、耳の布切れを外している。
爺さんが慣れた様子で更地に馬を進める。俺たちはまだ少しおっかなびっくりだ。
適当な感じで馬を岩に繋ぐ。俺はあくびを馬から離れた場所に繋ぐ。あくびは馬に興味を示さないが、馬はやはりあくびが近づき過ぎると迷惑そうにする。そう怯えている様子でもないのが、どうにも興味深い。
「見てろよ、凄いぞ」
爺さんが壁にひたひたと手の平を当て、グッと押し込む。
カシューンカシューンという空回りするような音が何度か聞こえ、ウィーンという途切れ途切れの駆動音が鳴る。そして、ゆっくりと
「こっからは手動だ。そっち頼む」
二手に分かれて岩壁をスライドさせるように引く。抵抗するような重みがあるが、それを無理やりこじ開ける。
ようやくひとり通れる分開き、ごくりと唾を飲み込むようにしている俺たちを、爺さんが手で制してから言った。
「これから言う事は年寄りの
「この中にあるもんは、俺やリュートみてぇに、面白いもんが作りたいヤツや、ロレンみたいに便利な世の中になればいいと思ってるヤツには、まさに宝の山だ」
「俺も若い時見つけて、笑いが止まらなかった。わからねぇもんもいっぱいある。ほとんどがそんな感じだ。さゆりはそのへん、全然役に立たなかったしな。あいつは機械の事はからっきしだ」
「だが、今はヒロトがいる。このままヒロトと一緒にこの部屋に入ったら、色々使えるもんが見つかっちまうかも知れねぇ」
「とんでもねえもんが、作れちまうかも知れねぇ」
爺さんが言っている事は、たぶん俺がずっと考えていた事と同じだ。
俺の地球の知識が、この世界に影響を与えてしまうかも知れない。俺は研究者でも技術者でもない。大した事は知らない。でも爺さんは一種の天才だと思う。俺の拙い知識を、形にしてしまうかも知れない。リュートの応用力も半端ではない。
俺はこの世界に、地球のやり直しを望んでいるのかも知れない。地球が便利さと引き換えに、手放してしまったものを。効率的に殺す力を求めた結果が、引き起こした現実を。違う未来を見せて欲しいと、この世界に夢を見ている。
アインシュタインは、エジソンは、自分の発見や発明が形になった時、どんな未来を想像していたのだろう。ダイナマイトを発明したノーベルは、自分の発明で人が殺し合う未来を知っていたら、どうしただろう。
この世界の人が選ぶべき事だ。俺が口を出す問題ではない。だが、俺も言わずにはいられなかった。
「俺の故郷、世界を壊す武器がある。大きな戦い、何度もある。人間が殺し合っている」
爺さんが言った。
「この部屋に入るには、覚悟が必要だ」
『自分で選べ!』
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