第十話 案内人

 大岩の家へと戻って爺さんを探す。麦わら帽子を被って畑の草取りをしていた。


「父さーん!」


 リュートが呼ぶと手を挙げて、ヒラヒラと振る。


 隣でちょろちょろと、お手伝いという名の悪戯いたずらをしていたハナが、こちらに気づいてユキヒョウの姿になってコロコロと駆けてくる。


 ロレンとリュートが相好そうごうを崩し、二人揃っておいでおいでのポーズをする。


 フフフ! 残念だったな! ハナは絶対に俺のところに来る!!


 俺の腕にポスンと収まり、人の姿へと戻る。


「とーたん、おきゃーり!(おかえり)」


 相変わらずの赤ちゃん言葉だ。ユキヒョウの姿でいる時間が多いからなのか、異世界語と日本語の入り乱れた大岩の家の弊害なのか。


「ハナ、はだか、ダメ」と異世界語で叱ると、


「ヤー!」と手を挙げて了解の返事をした。


 おまえら、ハナが服着るまで、あっち向いてろ! ……そんな羨ましそうな顔すんなよ。リュートはもうすぐ子供、生まれるじゃん。ロレンはーー。恋を知る事から始めてくれ。


 爺さんがハナの脱ぎ捨てた服を拾いながら、畑のあぜ道をゆっくり歩いてくる。


「父さん、俺たち忌み地へ行ってきたんだ。何か知っている事があるなら、教えてくれ」


 リュートが待ちきれない様子で言った。


「ああ、何が聞きたい?」


 爺さんはさらっと何でもない事のように言いながら、ハナの服を俺に渡した。


 とりあえずジャブからいこう。


「爺さん、忌み地、行く、あるか?」


「若い頃、面白くてな。しょっちゅう行っていた。パラヤが生まれる前の話だ」


 爺さんは、よっこらしょと日本語で言いながら、腰を下ろした。


「危険はないのですか? あの音は?」


「少なくとも、俺は危険な目には一度もってねぇな。音って、あのキーンってやつか?」


 俺たちは三人揃って頷く。


「あれは獣除けの音だろうさ。現にあのうちっかわには獣ははいっちゃ来ねぇ」


「俺には聞こえない」


「ヒロトの耳は小せぇからな」


 そういう問題だろうか。まぁ、年寄りだからと言われるよりはいいな。


「なにか建物とか、倉庫とかあるのか? ヒロトは隠し部屋みたいなものがあるはずだっていうんだ」


「ああ、あるぞ。空飛ぶ船が山ほど隠してある。全部壊れてるけどな」


「「黒猫の英雄!!」」


 ロレンと俺が顔を見合わせて、一緒に叫ぶ。


「んまあ、俺もそう思ったけど、実際はわからねぇよな。大昔の話だ」


「爺さん、教えてくれないは、なぜ? そんなに知っているのに」


 つい、感情的になってしまう。


「知りたかったのか? それは、すまんかった」


「ヒロト、ごめん。耳なしの話は、うちではあまりしないのが習慣になっているんだ」


 爺さんが困ったように謝り、リュートがかばうように言った。




 俺が常に感じている不安。


『転移は一度だけではないかも知れない』


『また、どこかに飛ばされてしまうのではないか』


『ハルやハナが、目の前から消えてしまうのではないか』


 そんな不安は大岩の家族全員にあったはずだ。いや、今もあるに違いない。その不安に、耳なしは深く繋がり過ぎている。避けるのも無理のない話だ。


 俺たち家族が目の前に突然現れた事は、そんな忘れかけていた不安を、思い出させてしまったかも知れない。謝るのは俺の方だ。



「忌み地の更地には、隠し扉があるんだ。行ってみるか?」


 

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