第三話 ハナの寝顔
リュートが大岩の家の壁を操作すると、気づいたハナが駆けて来た。今日は人の姿でいたようだ。
真っ直ぐに俺目掛けて、わあわあと泣きながら走ってくる。ああ! 転んだ!
転んで、地面にうつ伏せたまま、手足をバタバタさせながら、
俺とハルは顔を見合わせて少し笑い、二人でハナの元へ駆け寄る。
抱き起こすと『とーたん、とーたん』と言いながら、両手両足でしがみ付いてきた。俺もぎゅーっと抱きしめる。ハナ、ごめんな、さびしい想いをさせて、本当にごめん。
もう、絶対に離すもんかと思う。
「ハナちゃんただいま!」とハルが言うと、
「ハルちゃっ、うっ、あああー!」としゃくり上げながら、ハルの方へ両手を広げる。足は俺の腰に回したままだ。
俺は物足りなくて、ハナを抱きしめるハルごと、ふたり一緒に抱きしめる。このままずっと団子のように三人で丸まっていたい。
ハナの泣き声を聞いて、さゆりさんと爺さんが走って来た。勢揃いした俺たちを見て、
「あら! まあまあまあまあ! 今日はなんて素敵な日なのかしら!」
言いながら、パラヤさん家族と順番に抱き合う。
「ヒロトさんとハルくんもお帰りなさい。そちらがナナミさんかしら?」
「いえ、彼女はクルミちゃんと言い、ミトトの街で出会いました。日本からの転移者です」
ハナを抱き上げながら言う。
「初めまして! クルミです! マッセトーヤ!」
「あらあら元気なお嬢さんね。さゆりです、よろしくね」
「わ! ほんとに耳がある! 素敵です! とっても似合う!」
「うふふ、ありがとう。私も気に入っているのよ」
「ばーちゃん、だだいま!」
「ハルくんお帰りなさい! 元気そうで良かった!」
「カドゥーンさん、ご無沙汰してしまってすみません」
「爺ちゃん! 爺ちゃん!」
「リュート、ラーナの具合は、どうなの?」
加速度的にカオス感が増していく。日本語と異世界語が飛び交っていて、頭の切り替えが追いつかなくなる。中心にいるさゆりさんはさすがに忙しそうだ。
どうにも収集が付かなくなったあたりで、じーさんが家の中から、ありったけのテーブルと椅子を持って来た。なんせ十人だ。家の中では
クルミちゃんやあくびの話を、じーさんやさゆりさんにしなくてはいけない。ナナミの事も報告しなければと思う。でも俺は、動く気になれずに、あのまま泣き疲れて寝てしまったハナを膝に乗せ、寝顔を眺めていた。
転んで擦りむいたおでこに、血が
さゆりさんが、濡らした布とヨモギの葉を持ってきてくれた。
「あら、寝ちゃったのね。ふふ、本当にヒロトさんそっくり」
ハナが俺に似ているというのは、よく言われる。ハルはナナミにそっくりだ。
おでこの擦り傷と鼻の下を布でぬぐい、ヨモギの葉を揉んで汁を付ける。
「報告しなければいけない事も、相談しなければいけない事も、たくさんあるんですが」
さゆりさんはにこにこしながら、俺の言葉を待ってくれる。この人のこういうところが、敵わないな、と本当に思う。
「今ちょっと、いっぱいいっぱいで」
そのまま俺が黙っていると、
「ふふ、良かったわね。後でゆっくり話しましょう」
そう言うと、俺の肩に手を置き、ハナの頬をそっとつついた。
俺は全てのことを後回しにして、ハナの寝顔を心ゆくまで眺めて過ごした。
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