第二話 行商人の情報
宿屋について部屋で荷物整理をしていると、ロレンが息を弾ませて駆け込んで来た。
「ヒロト! 行商人から情報が入りました!」
「えっ?」
「ナナミさんの情報です!」
ハルが立ち上がって「おかーさん、見つかったの?!」と、ロレンに詰め寄るように言った。
「ごめんなさい、ハル。まだ情報だけです」
「海辺の街の教会にいる、女性の
俺とハルが頷く。クルミちゃん、ちょっと待って。あとで説明するから。
「寄せられた情報のひとつ目は『教会宛の手紙を、行商人仲間に頼まれた事がある。ザドバランガ地方の、海辺の街の教会へ届けた』というものです」
ロレンが物入れから地図を取り出しながら言った。
「ザドバランガ地方はこの辺り。手紙を頼んだその行商人仲間は、主にミョイマー地方を回っているそうです。ミョイマー地方はこの辺りですね」
「誰からの手紙、わかる?」
「差出人は聞かなかったそうです。教会へは届けたけど、手紙の内容は確認していないそうです」
話の内容が、人を何人も介しているので判りにくいな。
スケッチブックを出してきて、簡単な図を書きながら、ハルとクルミちゃんに説明する。
「この『誰か』が『行商人A』に『ザドバランガ地方の海辺の教会』へ、手紙を届けてくれるように頼んだ」
ハルとクルミちゃんが頷く。
「でも 『行商人A』は、何か事情があって『ザドバランガ地方の海辺の教会』へは行けなくなった。そこで、たまたま会った『行商人B』に、頼んだ。ロレンに情報をくれたのは『行商人B』だ。わかるか?」
ハルとクルミちゃんがまた頷く。
「この 『行商人A』は、普段ミョイマー地方の街を回って商売をしている人だから、『行商人A』に手紙を頼んだ『誰か』は、ミョイマー地方の人かも知れない」
「じゃあ、おかーさんは、ミョイマー地方にいるんだね!」
ハルが嬉しそうに言った。
「お母さんかも知れないし、違う人かも知れない」
目に見えてしおしおと
「情報はもうひとつあります」
パラヤさんの逆引き単語帳を見ながら、俺たちの日本語での会話を聞いていたロレンが言った。
「『海辺の街で耳なしの娘さんから、教会宛の手紙を預かった』と話していた行商人がいたそうです」
俺はスケッチブックを取り落とし、思わず立ち上がった。有力情報だ。
「ナナミが俺たちに情報を渡そうと、動いている可能性が高い」
『行商人A』に手紙を預けた『誰か』と『海辺の街の耳なしの娘さん』は、違う人かも知れない。娘さんがナナミとは限らない。事実、ナナミではない元『海辺の街の耳なしの娘さん』が一人ここに居る。
でも、ナナミは『海辺の教会』という手掛かりを、俺が持っている事は知っているはずだ。だとしたら、海辺の街の教会に、自分の情報を渡すだろう。自分にたどり着いてもらう為に。
「ヒロト、私もそう思います。耳なしの話しをしていたのは、ザドバランガの商人だそうです。少なくとも、ミョイマーかザドバランガの教会に、耳なしがいる可能性が高い。ああ、この手紙の内容が知りたいですね。それにしても、遠い」
ザドバランガ地方はサラサスーンの東に位置している。ミョイマーはザドバランガを越えた先だ。
『それにしても、遠い』
ロレンの言う通りだ。だが、この有力情報を逃すつもりはない。手紙を出すか、もう直接行ってしまうか。
ロレンには俺が、今すぐ飛び出してしまうように見えたらしい。慌てて、
「ヒロト、落ち着いて。もう少し情報を待ちましょう。こちらから出来る事があるかも知れない」
と言われた。おかしいな、自分では冷静なつもりなのに。
ロレンは、絶対に自分に言わないで旅立つ事のないようにと繰り返し言いながら、宿屋を出て行った。
今の俺は文無しに近い。二か月以上もの旅の給料も持ち金も、ほとんどあくびの身請け費用に使ってしまったのだ。クルミちゃんをこのまま置き去りにするわけにもいかない。現実的に考えると、今すぐ旅立つなど、無理な話しだ。あとハナにも会いたい。もうめっちゃ会いたい。会いたくて、夢に見るほどだ。
ロレンの言う通り、一旦大岩の家へと戻って、情報が集まるのを待つのが最善だろう。
情報に出てきた『耳なしの娘さん』が地球人であるなら、手紙を書く事に協力してくれた人がいるはずだ。ナナミかも知れないその耳なしのそばに、誰かが寄り添ってくれている事が嬉しかった。
『力になってくれる人に巡り会えて良かったな』と、言ってやりたい気持ちになる。その寄り添ってくれている人に『
大岩の家に帰ろう。俺たち家族に寄り添ってくれている、大好きな人たちの元へ。
そして何より、大切なハナに会いに帰ろう。
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