第四話 説得

 まずは、この二人に相談するべきだろう。


 ある日の夜、俺はさゆりさんと爺さんに、ようやく切り出した。


「次の旅には、ハナを連れて行きたいんです」


 さゆりさんが口を開き、言葉を飲み込むようにして、また閉じた。


 爺さんが、眉間に皺を寄せ、顎髭あごひげじりながら言った。


「ヒロトは、そう言うだろうと、思った」


 とがめるような言い方ではなかった。それなのに俺は、叱られたような気持ちになる。


「しかも、三人だけで旅立とうとしてる」


 言い当てられ、二の句がげなくなる。


「危険だわ」


 承知の上だ。


 たった二度の旅で、よく無事でいられたものだと思う事が、何度もあった。ドルンゾ山では山猫に襲われ、帰り道で灰色狼の群れに襲われた。砂漠では砂嵐に巻き込まれ、盗賊の襲撃を受けた。


 あの時、ハナがいたとしたら、俺は守り切る事が出来ただろうか。




 転移初日に、谷狼に襲われた、あの時とは違う。



 ある程度の距離さえあれば、スリング・ショットで対抗できる。逃げる隙を作るくらいは出来るようになったと思う。毎日のトレーニングで、ハルとハナを抱えて走るくらいの体力も出来たつもりだ。


「ヒロトさん一人で、二人を守るのは無理よ」


「違うよ、ばーちゃん」


 ユキヒョウ姿のハナを抱いたハルが、屋根裏部屋から顔を出して言った。


 コイツ、狸寝入りしてたな。


「ぼくと、おとーさんでハナちゃんを守るんだよ」


「ハルくん、でも」


「あくびだっているよ。三人でなら、きっとハナちゃんを守れるよ」


「でも、ハルくん」


「さゆり」


 爺さんが珍しく、さゆりさんの事を名前で呼んだ。


「おまえが例えば、どこか遠くでひとりで泣いていたら、俺は迎えに行く。リュートとパラヤを連れて」


 爺さんが異世界語で言った。


「そうね、行くわ」


「ああ、俺も行く」


 リュートとパラヤさんが隣の部屋から、ひょっこりと顔を出して言った。


 さゆりさんの顔が見る見るうちに赤くなる。


「……もう! 私が悪者みたいじゃない!」





 あれ? 説得、成功でいいの? 俺、最初のひとことしか喋ってないんだけど。



 さゆりさんは三人に囲まれて、とても幸せそうに、ぷりぷりと怒っていた。





▽△▽


 挿話 爺さんとさゆりさん



「さゆり」


「なに?」


「俺はおまえを閉じ込めたんだ」


「え? なんの話?」


「元の世界へ帰ってしまわないように、他の耳なしに会いに行ってしまわないように、この大岩の中へ閉じ込めた」


「ああ、知ってたわ」


「おまえに耳と尻尾が生えた時は、俺の呪いのせいだと思った」


「バカねぇカドゥーン。それはーー。呪いじゃなくて、愛っていうのよ」


「……ああ、うん。そうだな。俺も知っていたよ」




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