第十六話 走れ! あくび

 ミトトは港がある大きな街だ。この港からポーラポーラの宝石は、様々な人の手を経由しながら、大陸中を移動していく。そして宝石以外の自給率が極端に低いポーラポーラへと、必要な物をどんどん運び入れる。


 金と物と人が、勢いと熱を持って、ポーラポーラとミトトを往復するのだ。そのため、二つの街を結ぶ街道は、今まで見た事もないほど人通りが多かった。馬車がすれ違うところをはじめて見かけたほどだ。片方の馬車が端に寄せて止まり、その間にもう片方が通り過ぎる。御者同士が手を挙げて挨拶をしたりして、なかなか旅情を感じる光景だった。


 日が暮れる直前に、ようやくたどり着いた野営地にも、すでに2組のキャラバンが野営の準備をしていた。


 俺たちは他のキャラバンの人達に、軽く頭を下げ、野営地の隅っこを陣取る。


 今回の『ポーラポーラ⇄ミトト』間の野営は多くても二回。ハルと二人旅という事もあり、そう大層な食事を作るつもりはない。昼はポーラポーラで、野菜と肉を挟んだケバブモドキを買ってきたし、夜も軽く済ませるつもりだ。


 砂漠で良く食べられている、サーボス粉のパンをもっと薄く煎餅せんべいのようにカリカリに焼いたものを、多めに持ってきた。オヤツにも食べているが、これを戻して食べるのが実に美味い。


 ハチミツをとろりとかけてドライフルーツを散らし、温めたミルクで戻すと元気の出る甘い朝食になるし、スープに入れてふやかせば腹持ちも良い夕食にもなる。底の街アポートスで仕入れた乾燥野菜を入れれば、栄養も充分だ。


 あくびはガッツリ生肉食うけどな。


 メシを済ませて、水場で軽く水浴びをする。ポーラポーラで一度ゆっくり砂を落としたが、まだ髪をすすぐと砂が出る。


 備え付けの木桶で、水場を汚さないようにハルの頭に水をかけていると、ふと気になる単語が耳に入った。


 少し離れた場所で、鍋を洗っている人たちだ。『耳なし』『女の子』。確かに、聞こえた。


 俺はびしょ濡れのハルをそのまま脇に抱え、その人たちの元へ走り寄った。


「耳なし、聞く、話す!」


 大きな鍋を洗っていた男性は、面食らったように、


「あ、ああ。なんだって?」と、言った。


 俺の剣幕に加え、慌てた事により言葉がかなり酷い事になっている。深呼吸して頭の中で言葉を組み立てる。


「びっくりさせた、すまん。聞かせて、耳なしの話し。お願いします」


 ハルの頭から水滴がポタポタと垂れた。ふと、視線を頭頂部に感じて、俺とハルの頭にフードを被せる。いや、今更遅いか。


「ミトトの教会に、言葉の話せない子供がいるんだけど、その子がどうやら『耳なし』らしくて」


 もう一人の食器を片付けていた男性が言った。


「『耳なし』なんて、お伽話とぎばなしの中だけだろう? って話してたんだけど。あんたたちーー」


 少し雲行きを怪しく感じた俺は、


「ありがとう」と言ってその場を離れた。


 大急ぎで荷物をまとめ、あくびに飛び乗り野営地を後にする。


「ハル、聞いたか?」


「うん。おかーさんかも知れないね」


 ハルが真剣な顔で頷いた。


『教会』『耳なし』『女の子』『子供』どれもナナミに繋がる情報のように思える。


 子供というのが気になるが、ナナミの身長は百五十cmを少し切る。子供と思われる事もあるかも知れない。


 あくび、すまん。無理をしてくれ。夜通し走ればミトトに着く。そしたらお前の好きな砂ウサギ、しこたま食わせてやるから。


 だから頼む、あくび。俺とハルをミトトまで連れて行ってくれ。

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