第十四話 砂嵐

「おとーさん、あれ何?」


 サボテンの細いトゲを指に刺したハルに、ヨモギを揉んでこすり付けている時、ふと顔を上げたハルが、俺の背中越しの空間を見つめて言った。


 ハルくん、そのリアクション、マジヤメテ。


 ホラーにしろ、バトルものにしろ、ろくでもない展開しか思い浮かばない。


 血だらけの女に後ろから抱きつかれるとか、背中を袈裟斬けさぎりりにされるとか。


 いま、鍋のふたも破魔の護符も持ってないから!


 あー、振り向くの嫌だと思いつつ、視線を後ろに向ける。





 砂丘のはるか向こうに、壁のようなものが立ち上がっていた。


 雲よりも赤茶色で、霧よりも質量があるそれは、地平線をおおい尽くし、ゆっくりと雪崩なだれのようにこっちに流れて来ている。


 うわー。やっぱり碌でもねぇよ。


「砂嵐だと思うぞ。急いで荷物まとめろ」


 逃げる方向が見つけられない。砂嵐の進行方向に逃げても、逃げ切れる気がしない。左右は地平線を覆うほどの超範囲攻撃だ。


 なんとか砂嵐に呑まれる前に野営場所まで戻らなければ。あの砂嵐の中がどうなっているのか、俺は知らない。


 あたふたと荷物をまとめ、あくびの待つ砂丘目指して走る。


 あくびは一番高い砂丘の上で首を持ち上げ、スンスンと鼻を動かしていた。そうして走ってくる俺とハルを見つけると、カッと音がしそうなほど目を見開き、全速力で走り寄ってきた。


 あくびの全力疾走ぜんりょくしっそうは初めて見た。いつもは曲げたままの膝をピンと伸ばし、前傾姿勢ぜんけいしせいの倒れる勢いのまま、トトトトトトッ! と、ものすごい速さで脚を動かす。


 あくびの面白おもしろ生物っぷりが凄い。そして迫ってくる迫力も凄い。


 一瞬、避ければ良いのか逃げれば良いのか迷っているうちに、あくびの喉がググッと膨らみ、クワッと開いた口から何かが発射された。


 俺とハルはあくびの口から出た液体を、頭からビシャーっと浴びる羽目になった。


 粘り気の強い粘液に、あっと言う間に動きを封じられた。辛うじてハルを抱き寄せ、荷物と一緒に抱える。


 あ! ハル、口と鼻塞がってるじゃねぇか!やべぇ!


 むーむー言って苦しんでるハルの口と鼻を、なんとかぬぐう。固まりかけたセメダインみたいだ。匂いもヒデェな。


 あくびは身体をねじって、俺たちを背中にくっ付けると、更に上から粘液を吐きかけ、しっかりと固定する。そうしていつもの通り膝を曲げ、砂丘のヘリをのんびりと歩き出した。


 コレどこに向かってるんだろう。トカゲの谷とかだったらどうしよう。


 そんな事を考えながら、なすすべもなく運ばれていると、砂塵さじんの吹き荒れる砂嵐にズゴゴゴゴーという轟音と共に呑み込まれる。


 ビシッ、ビシビシッと、砂つぶてが肌を打つ。けっこう痛い。しかし思ったより普通の嵐だ。ラピュタの、龍の巣みたいの想像していた。


 しかし、あくびに卵扱いされて運ばれている現状は、楽観視できない。卵がかえるくらいの間放置されたらシャレにならん。トカゲの谷に連れて行かれたら、生きて帰れる気がしない。


 辛うじて自由になる左手で、あくびの背中を叩く。名前を呼ぶ。口笛を吹いてみる。


 無駄にも思える足掻きを繰り返していると、風の音に紛れて、微かに鐘の音が聞こえてくる。


「ハザンの鐘の音?」


「たぶんな。助かったな」


「ぼくはあくび、連れて帰ってくれてるって思ってたよ」


 ごめん、お父さん、トカゲの谷とか思ってた。




 なんとか無事に戻って来た俺たちに、ハザンが呆れ顔で言った。


「おまえら、面白過ぎるだろ、その帰還きかん方法。伝説レベルだぞ」


 ルカランは物珍ものめずらしそうに、固まったハルの頭を叩いているし、ロレンはまた腹押さえて震えている。アンガーはと言えば無表情なままで、


きずな……!」と言った。


 それより早く掘り出して欲しい。


 砂嵐は更に勢いを増し、三十センチ先も見えない有様ありさまだ。そしてそのまま一昼夜の間吹き荒れた。


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