第八話 赤い砂の海

 トンネルを出ると、急に温度が下がった。湿度が極端に低い、キリキリと引き絞るような冷えが、ポンチョを覆って取り囲む。あっと言う間に顔がこわばる。


「おとーさん! 息が白いよ!」


 ハルが、はーーっと息を吐いて見せる。


 白い息はふわりと一瞬だけ漂って、すぐに消えた。


 半分よりも少し膨らんだ月と、かすみのように空を渡る天の川、そして赤茶色の砂丘さきゅう。夜の砂漠は思っていたよりずっと明るく、どこまでも見通せる風景はどこまでも同じだった。


 ところどころに残る岩山と、そこに生えるサボテン群。その全てを飲み込むようにおおう、赤い砂の海。街道は風景を縦にスッパリと切るように、真っ直ぐに地平線まで伸びていた。


「ヒロトの故郷には、砂漠はないのですか?」


 俺とハルがいつまでもポカーンと砂漠を眺めていると、ロレンが声をかけてきた。


「ある。でも遠い、とても」


「そうですか。ーー砂漠は、景色は良いですが、越えるのはキツイですよ」


 それはそうだろう。昼は暑くて夜は寒いし、水場はないし、動物や植物も少ない。不毛に見えて、意外に豊かだったサラサスーンとは大違いだ。油断したらすぐに干からびてしまうだろう。


「ヒロト、最初のオアシスまで二日程度はかかります。水と食料の確保と取り廻しを、ガンザやヤーモと相談して下さい」


 ロレンは早口でそう言ったあと、思い立ったように、


「やりり、相談、水、大事」


 と、日本語で言った。ロレンが言うと、やけに語呂が良く、何かの標語のように聞こえる。


「ロレン、すごい! 日本語、上手!」


 ハルが手放しでめる。


 それを聞いていたキャラバンの連中の、


 なに、ロレン、宇宙語喋れちゃうの? すげぇ!


 みたいな驚きと尊敬と、恐れおののくような表情が面白かった。


 そしてその後、キャラバン内で日本語ブームが起き、みんながみんな、俺とハルの顔を見るたびに、日本語で話しかけてくる。


「お母さん」「ごめんなさい」「もうしません」だ。


 おまえら、絶対意味わかってないだろ! あと、最初の三つだけじゃなく、もうちょっとがんばれよ!


 もう、なんか、パラヤさんごめんなさい!





 さて、砂漠の旅である。昼間の暑さと夜の寒さをしのぐために、昼夜逆転で進む事になった。夕方涼しくなってから出発して、夜通し走る。朝陽が昇る前に砂丘の日陰ひかげになる場所で寝る。


 馬も動いていればこごえることもないし、一石二鳥だろう。御者の問題はあるが、砂漠の月夜は思っていたより余程よほど明るい。


 トンネル内へ少し戻って三時間ほど仮眠してから、出発という事になった。


 トンネル入り口で、焚火たきびを起こし湯をかす。みんなにハチミツ入りのお茶を入れ、馬の身体も暖かい布で拭いてやる。こっそり少しだけ、砂糖を舐めさせる。


 馬も人も強行軍だ。少しでもリラックスして身体を休めて欲しい。


 さあ! いよいよ砂漠の旅が始まる。

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