第七話 トンネル

 砂漠の入り口。比喩的ひゆてきな表現かと思ったら、なるほどまさに入り口だった。


 連なる低い山とも、高い丘ともいえる赤茶色の岩山に、ポッカリと馬車二台分にも満たない穴が開いている。こんな硬い岩盤がんばんにトンネルを掘るなんて、狂気の沙汰さただ。それともまた巨人の仕業しわざだろうか。


 ハザンに聞いてみたら、


「小人か巨人じゃねぇの?」


 繊細せんさいさのカケラもない答えだった。


 とりあえずわかったのは、このトンネルを抜けたら砂漠だという事だ。馬車で六時間程度の道のりだというが、それだと中で日が暮れるな。トンネルの中で煮炊きはマズイ気がするので、晩めし分の弁当をここで作るか?


 ロレンに聞くと、そうして下さい、と言われた。トンネルの中で弁当を食い、日は暮れるが、そのまま出口まで駆け抜けるそうだ。どうせトンネルの中は暗いのだ。


 馬は実は夜目よめが効く。真っ暗な中でも問題なく走れるそうだ。ただ、御者ぎょしゃがひとり足りない。ロレンとアンガーはネコ科の人なので問題ないが、他の面子は暗いとあまり見えないそうだ。俺とハルは全く見えない。


 普段はこういう時は、御者経験が一番長い、ガンザが務めるらしい。


 みんながそんな事や、この先の進路について話し合っているので、俺とハルは晩めし用の弁当を作る事にした。


 さて何を作ろうかな。朝がおにぎりだったからパン焼くか。いつもの無発酵むはっこうの薄いパンのタネを作りながら、挟む具を考える。薄いパンはゴマ入りとチーズ入りをつくろう。


 焼きたての薄いパンに、薔薇ばらキャベツとベーコンを細く切ったものを乗せて、クレープみたいにクルクル丸める。これならパンもパサつかないし、具もバラけない。パンの塩味とベーコンの塩気で、味付けは充分だろう。


 最近ハルは包丁にも挑戦している。何度か指を切ったりしたが、もう嫌だとは言わないようだ。決して器用になんでもこなすタイプではないが、自分のペースで辛抱強く繰り返す。そうしてひとつ何か出来ると、本当に嬉しそうな笑顔を見せる。


 俺はそんなハルに、何か教えるのがとても好きだ。頑張っているハルを見ているのも、やっと出来るようになったハルを褒めるのも大好きだ。うん、今日も俺の親バカは元気に仕事をしているな!


 ハルが切った具を、二人でクルクルとパンで包む。たくさん作って布で包んで、鍋に入れて蓋をする。ああ、サランラップさえあれば!


 そういえばさゆりさんは、笹の葉に似た匂いの大きな葉でおにぎりを包んでいたっけ。あれ良いよな。どっかに生えてねぇかな。


 スープも作りたいところだけど、揺れたら溢れる。箸休はしやすめにり豆でも作るか? あ! アポートスで仕入れた、ドライフルーツ入りのパンも作ろう。


 結局話し合いの結果、真ん中の馬車の御者は、ガンザとトプルが交代でやる事になったらしい。




 トンネルに入ると、あっという間に真っ暗になった。御者席に吊るしたカンテラがゆらゆら揺れ、トンネルの壁に馬車の影が映る。馬は、最初は少し戸惑っていたが、やがていつも通りに走り出した。


 ハルは御者席のロレンの後ろに寝転び、さゆりさんの単語帳を片手に、耳なしの出てくる昔話を読んでいる。俺はラッカを弾きながら、たどたどしい音読おんどくを聞いていた。


 ロレンはどうやらその昔話を知っているらしく、ハルの間違いを教えてやったり、正しく発音してくれたりしている。


 パラヤさんが貸してくれた単語帳(この世界の人が日本語を覚えるためのもの)は、ほとんどロレン専用のようになっている。他のメンバーは、パラパラとめくった後、


「今のままでもおおむね問題ない」という結論に達したらしい。


 ハザンはさっきまで居眠りをしていたが、今は起きて全員分の武器の手入れをはじめた。爺さんにスリング・ショットのメンテナンス方法を教えてもらったらしく、俺とハルの分もやってくれている。


 自分の武器くらい自分で、と思うのだが、ハザンがあまりに楽しそうなので、任せる事にした。


 馬車はトンネルの、半分くらいを進んだはずだ。もうしばらくしたら、先頭のアンガーが馬車を止めて、休憩しながらの晩メシになるだろう。


 砂漠に出る頃には月が出ているだろうか。旅の過酷さを思えば、俺のあこがれなんて吹っ飛んでしまうのかも知れない。だが、砂漠なんか見るのも初めてだ。


 砂の山を列をなしたラクダが歩く。大きな月が空にあり、ラクダの影が長く砂丘に伸びる。


 俺は、そんな光景を思い浮かべて、ふと頭を上げた。


 ラクダじゃない。トカゲだ!


 そうだ。砂漠はラクダではなく、大きなトカゲに乗って越えるのだ。砂漠でラクダに乗る夢は叶いそうにないな、と思ったが、それはそれでまた、違う楽しみが待っているような気がした。


 これだから、この世界は面白い。

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