第三話 商人が運ぶもの、風が運ぶもの
次の日の朝、珍しくロレンが朝から宿屋に来た。そして凄い事を言った。
「ヒロト、うちの商会と私の名前で、ナナミさんの情報を行商人から集めます。海辺の教会の他に、何か手がかりがありますか?」
そうか。そういう方法があるのか。
この世界には、街以上の大きな
この世界で商人が運ぶのは、金と商品、そして情報だ。
ナナミまでの道が、一気に
俺はロレンに頭を下げた。もう、このまま上げられないような気持ちになる。
「依頼に、させて」
「身内を相手に商売はしませんよ。ただ、情報をくれた商人にはお礼を渡しますから、それはヒロトが払って下さい」
フイと、顔を背けて言う。ロレンは自分がお人好しだということは、短所だと思っている節がある。まあ、商人としては長所とは言い難いのかも知れない。
ハルがロレンに抱きついて、
「ロレンありがとう。お母さんを探してくれて」
と言った。
ロレンがハルの頭を撫でながら言う。
「まだ見つかっていませんよ。見つかるまで頑張りましょう」
「へぇ、ナナミさんはお医者さまなんですか」
「医者違うけど、治療できる」
「治療師さまですね? なるほど。他に特徴は?」
「耳なし」
「それはちょっと。情報に乗せるにはリスクがあります」
「小さい。これくらい」
俺の肩くらいを手で示す。
「ナナミさんてーー」
「
見た目も別に子供じゃない。そして探偵でもない。
「どの程度情報が集まるかわかりませんから、調整しながら進めましょう」
ロレンは大まかな打ち合わせを済ませると、そう言って忙しそうに帰って行った。キャラバンで、街や村に立ち寄った時、一番忙しいのは、間違いなくロレンだろう。
俺も今日は忙しい。ナナミを探す大きな助力をもらったとしても、キャラバンの旅は続くのだ。俺も自分で出来ることを、放り出すつもりはない。
まずは朝メシと馬の世話を済ませ、教会へと向かう。
「行方不明の妻を探しています」
俺、この台詞、何回目だろう。この言葉だけは、発音も文法もネイティブ並みに
色々説明して、ナナミの似顔絵を貼ってくれるようお願いする。ナナミについての情報は何もなかったが、諦めなくて良い材料は、充分にロレンが用意してくれた。
連絡先にはロレンの商会と名前を使わせてもらった。大岩の家より通りが良いだろう。あの家は秘密基地仕様だからな。
図書館に向かいながら、素材屋通りを歩く。画材屋と染料を扱う店を何軒か見つけたが、色鉛筆は売っていなかった。
図書館では、耳なしについての伝承を調べるつもりだ。
受け付けで聞くと、伝承や言い伝え、むかし話のコーナーに案内してくれた。何冊かピックアップもしてくれる。お礼を言って、ハルと閲覧コーナーの隅っこへ向かう。
この世界の文字はローマ字や仮名文字のように、言葉の発音をそのまま表記する。八十七個を丸暗記すれば、書く事も読む事も出来る。俺もハルも一応八十七個全部を覚えた。だがしかし、スラスラもサラサラも程遠い。
俺とハルは、顔を見合わせて頷き合った。後でゆっくり読もう。耳なしについて書いてある部分を、スマホのカメラでこっそり撮る。相変わらず、なんか悪い事してる感が
図書館を出て、少し早いがパラヤさんの家に向かう。今日は歩いてばかりだな。
「出来てるわよ」
パラヤさんは俺たちが顔を出すなり、挨拶もせずに言った。俺がつい吹き出して
「ドヤ顔が爺さんそっくり」
と日本語で言うと、
顔を赤くして、あら、そうかしら、と笑った。そのうふふ笑いが今度はさゆりさんに似ていて、ハルと二人で顔を見合わせて笑った。
パラヤさんの刺しゅうは、この世界では見たことのないものだった。
色のついた小さなガラスの欠片を、刺しゅうの中に縫いこんであるのだ。動物の目や花びら、葉や羽の一部に、色ガラスを抱き込んだようなその刺しゅうは、どこかハルの影絵にも似て、ノスタルジックな味わいがある。
刺しゅうの事も、シャレオツな装いにも無縁な俺でも、素直にとてもきれいだと思った。色ガラスはガラス細工職人である、旦那さんが一枚一枚切り出して、磨いてくれたらしい。
「きれい! とても、ステキ!」
ハルがくるりと回ると、ポンチョがふわりと揺れ、陽の光がガラスに映ってチラチラと
ハルくん、それ初めてドレス着た女の子がやるやつ。
俺たちの日本語混じりの会話を、ニコニコと聞いていたパラヤさんの旦那さんが、ふと席を立ち笛を持って戻ってきた。
「旅の無事を祈る曲を、吹かせてもらってもいいかい?」
ぜひ、お願いしますと言うと、少し照れたように笑いながら何本も
それは風の音だった。柔らかく
ああ、チョマ族の歌だ。宴の最後に聞いた、渡り鳥の曲だ。
「旦那さん、チョマ族の人?」
パラヤさんは俺の質問には答えずに、
「あの笛の音色は、サラサスーンの風の音なの。ドルンゾ山から吹き下ろして、赤い大地を駆け抜ける風の音。チョマ族は、その風に乗って空を舞うのよ」
素敵でしょ? と言って
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