第十五話 谷越え 後編

 風を切る音が、耳音でうるさいほどに鳴る。風圧でポンチョが、なにかの生き物の断末魔のように、バタバタと不規則にはためく。ぶらぶらと揺れる足が、自分のものではないようだ。


 俺決めた! この旅から帰ったら、橋作りの職人になる! そんで、地球の知識チートで立派な吊り橋を作るんだ! こんなアホみたいな乗り物は、世界から根絶してやるぞー!


 最後の方の心の叫びはどうやら声に出ていたようで、俺の『世界から根絶してやるぞー!』という魔王のような宣言が、谷にこだまして、山びことなって響いた。


 ▽△▽


 谷の反対側へと到着したブランコは、先に渡っていたロレンとアンガーに受け止められ、勢いを殺してようやく止まった。


 革のベルトとロープの拘束を解いてもらい、俺はハルを抱えたまま、なるべく谷底が見えない場所へとフラフラ移動した。ドスンと腰を下ろし、ハルの目隠しを外す。


『ヒャッハー!』と叫び声が聞こえたので顔を上げると、ハザンが崖際かべぎわへだどり着くタイミングでブランコから飛び降り、ゴロゴロと転がって勢いを殺していた。ブランコはしばらく滑ってから止まり、大きく振り子のように揺れている。


 今度寝ている間に、頭をモヒカンにしてやろうと心に決める。いや、普通に似合いそうだし、喜びそうだから止めだ!


 馬や馬車はいったいどうするのだろうと思っていると、崖の向こうから『馬が行くぞー!』とトプルの叫び声が聞こえた。ロレンたちは大きな毛織物を広げて『準備できたぞー!』と叫ぶ。あの毛織物で馬を受け止めるつもりか!? それは無茶だろう!


 馬は太い革のベルトで腹を固定され、吊り下げられている。馬の革ブランコには太いロープが取り付けてあり、崖の向こうの二人が勢いが出過ぎないように調節しているらしい。目隠しされた馬は、意外にも暴れずに、足をブラーンとさせて大人しくしている。


 スピードが出ない調節ができるなら、なぜ俺の時は使ってくれなかったのか。――いや。ゆっくりも嫌だな。生殺なまごろしにされる気分だ。


 大きな布を持って待機するのは、万が一に備えての事なのだろう。実際ロープが切れたりして、勢いのまま滑空かっくうしてきたら、大惨事は避けられない気がする。馬はゆっくりと時間をかけて無事に谷を渡りきった。革ブランコと目隠しから解放されて、ブルルルッっと首を振る。


「ヒロト、馬を頼みます」


 俺は馬を連れて井戸まで行き、水をんで飲ませてやる。『お互い大変だったなぁ』と首をポンポンと叩くと、まるで『今水飲んでんだから、邪魔しないでよ』とでも言うように、ひずめをカツカツと鳴らされた。


 馬六頭が渡りきるのに、一時間以上かかった。難所と呼ばれるだけの事はある。まだ馬車が三台残っているのだ。


 馬車は谷を渡るロープを三本使い、何本もの太い革ベルトとロープで固定され、ゆっくりと慎重に渡される。こちら側の崖で待ち構える人も、突発的な事態に備える為に気が抜けないのだろう。ジリジリと根比こんくらべするように時間が過ぎてゆく。


 今日はみんなに、精のつく物を食べさせてやろう。あちら側の崖で、スピード調節の為におそらくロープを握りっ放しのトプルとガンザには、疲れの取れるオオバコの湿布しっぷを貼ってやろう。


 俺はずいぶんと思考がオカン化している事に苦笑が浮かんだが、このキャラバンのメンバーに愛着が湧いているのも感じた。


 最後の馬車が谷を渡りきった時、誰彼ともなく、勝鬨かちどきにも似た歓声が上がった。俺も一緒に拍手と歓声を贈る。みんな、お疲れさん!


 ▽△▽


 今日のメニュー


 朝 昨夜の残りのミネストローネ、薄いパン、ピクルス


 昼 チーズとウインナー、葉野菜を挟んだホットサンド風の薄いパン、甘いお茶


 夜 山鳥のバンバンジー風、にんにくたっぷりのペペロンチーノ、ソーセージとキノコのスープ


 日は暮れていたが、キノコはヤーモと採り森に入った。キノコは毒が心配なので、以前図書館で撮っておいた図鑑を調べた。


 ピクルスは毎日野菜を補充している。ハルは浅い方が美味しいと言い、トプルは漬かり過ぎくらいの酸っぱいやつが気に入ったみたいだ。

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