第三話 初野営、初仕事

 日が傾きかけた頃、街道沿いの野営地へ到着した。全員が馬車から降りてくる。俺とハルは井戸の近くへ馬を連れて行き、水を飲ませる。硬く絞った布で体を拭いてやると、ブルルッと気持ち良さそうに頭を振ったあと、まるで『まあまあの手際ね』とでも言うように、フンーッと鼻を鳴らされた。


 俺の請け負った仕事は、馬の世話と食事のこと全般だ。


 この地方の水場はどこも地下水が湧き出した泉なので、水はとてもきれいだし冷たい。一応生水は飲まないように気をつけているが、飲んでも大丈夫らしい。だが、この世界の人と俺たち地球人では、身体の構造や免疫機能が違う恐れがある。そのへんが悩ましいところだ。


 馬を繋いで馬車の方に戻ると、みんなひと休みを終えて野営の準備をはじめていた。


 ポールを立て、ロープを巡らせ、厚手の毛織物のテントが手際よく張られていく。日本でよくある三角のテントよりは、遊牧民のゲルやユルトに近い本格派だ。サーカスのテントのようなフォルムが可愛らしくて、なんとなく心躍る。ハルは初キャンプ・初テントなので、手伝いたそうにハザンのまわりをウロウロとし、危ないから向こうへ行ってろ、と追い払われたようだ。


 馬車から鍋や調理器具の入った箱を出し、食材を選ぶ。少ししゅんとして走ってきたハルの頭をポンポンと叩きながら聞く。


「晩メシ、何にすっか? ハル何食べたい?」


 ふと、こんな会話をするのも久しぶりだな、と思う。この世界に来てからは、不動のシェフさゆりさんが、常に台所に君臨くんりんしていたからな。俺はけっこう料理が好きだし、得意だ。看護師であるナナミが夜勤で留守の時などは、ネットでレシピを検索しながら、よくハルと台所に立ったものだ。


「キャンプといえばカレーだよね!」


 茜岩谷サラサスーンの料理はスパイシーなものが多い。当然スパイス類は豊富だ。さゆりさんが地球の似たスパイスの名前で教えてくれたし、たくさん持たせてくれた。カレー風味の煮込みは普通に郷土料理だ。


 悪くなりやすい物から使う事にする。レタスと腸詰めのスープをカレー風味にして、アスパラガスとじゃがいものサラダ、ゴマを練りこんだ無発酵むはっこうの薄いパン。こんなもんかな?


 薄い、コラコラと呼ばれるパンは、茜岩谷サラサスーンでは米とならんで、主食として普段から食べられている。ゴマやナッツ類を入れて焼くのが一般的だが、さゆりさん直伝じきでんの、潰した豆やトマトなんかを練り込んだものも美味うまい。もっと薄くしてパリパリに焼くと、おやつにもなる。


 大きな寸胴ずんどうのような鍋と野菜を持って水場へと向かう。身体の大きな男もいる大所帯だ。今日は初日なので多めに作ろう。


 石を組んだかまどに火を入れ、まずはやかんで湯をかし、隣のかまどで、ジャガイモとアスパラガスを茹でる。じゃがいもは日本のものより赤みが強く、アスパラはホロリと苦い。トマトとジャガイモはサラサスーン地方の特産品なので、味も形も大きさも、とてもたくさん種類がある。持って来たのは日持ちが良く形の崩れにくい、硬いものが多い。


 お湯が沸いたのでやかんに茶葉を入れ、ハルに配ってもらう。今日は大岩の庭の、枇杷びわの葉のお茶にしよう。身体が温まるとさゆりさんが言っていた。


 大鍋にザクザク切った材料を入れて煮ている間に、パンを作る。


 小麦粉、塩、バター、水をボールに入れてこねる。手に付かなくなるまでこねてから、ゴマをたっぷりと入れる。軽く混ぜ合わせ、適当にちぎり、手に粉をつけてなるべく平らに、薄く伸ばす。あとはフライパンにバター溶かして焼くだけだ。


 サラダはハルが担当した。ごま油と塩をからめて、刻んだモロを散らすだけだが、真剣な表情で慎重に手を動かしている。モロはネギ科の大葉に似た香りの良い香草で、ヤーモが水場でんできてくれた。水場ではよく見かける植物だ。たくさん摘んできてくれたので、明日の朝のスープにでも使おう。


 夕焼けのはじまった空に、煮炊きの煙が高く登っていく。バター焦げる匂いと、スープの腸詰めの匂いが辺り漂う。こんなに匂いがして、獣をおびき寄せてしまったりしないのだろうか?


 と、思っていたら、獣の人が匂いに釣られてやってきた。


 ハザンが『美味そうな匂いで、もう我慢できん』と盛大に腹を鳴らし、アンガーが無言のまま鍋とフライパンを交互に見つめている。


「できた、並べ!」


 相変わらずのカタコトだが、全員が素直に皿を持ってやってきた。


『もっとくれ、成長期だ』


 ガンザ、それは無理がある。キャラバン最年長者だろう?


『トマト多めで、アスパラは二本、腸詰は一本』


 ロレン、細かいな!


『トプルの皿より腸詰がひとつ少ないぞ』


 ハザン、よく数えろよ! 同じだろう。


 こいつらだんだん小学生に見えてきたぞ。


 大騒ぎの注文に応えながら配膳していたら、ハルが『給食当番みたいだね』と言って笑った。


 お父さんも今、そう思ってたところだ。

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