第二話 ハザンという男

「おまえら、異国人だったよな。なに言ってるのか、全然わからねぇな。どのへんの言葉なんだ?」


 幌の下から、御者席のハザンの声がする。初めての旅にハルがはしゃいで、つい日本語での会話が大声になっていたようだ。


 どこパスカ言葉チトテト異国人コッパリア―ド。おそらく俺たちの言葉を聞いて、出身地を訪ねているのだろう。


「島、小さい、東」


 図書館で調べて、リュートとも打ち合わせした設定だ。この大陸の東には、大小さまざまな、言葉も文化も違う島が、数多くあるらしい。


「ああ、大陸の東の方に、小さい島がいっぱいあるらしいな。すげぇな! 海を越えて来たのか」


 海どころか、時空だか空間だか、よくわからないものを越えてきた。


「船、壊れた」


「そりゃあ、難儀なんぎなことだな。嫁さん、探してるんだっけ?」


 ユン探すメルルガソ。うーん、あとはわからない単語ばかりだ。


「行方不明の妻を探しています。妻は海辺の街にいるはずです」


『ユン(嫁)』という単語が出てきて疑問形で話しかけられたら、大抵これを言っておけば通じる。シュメリルールの教会で四苦八苦して学んだ。あの日の俺、ありがとう。


「お!? なんだよ、急に流暢だな!」


 ハザンも笑いながら納得してくれたようだ。練習した甲斐があったな。



 このハザンという大男は、イヌ科のピンと立った三角耳を持っている。ギラギラと肉食獣そのままの金色の瞳と、大きな口。赤ずきんちゃんをがっぷりしてしまいそうだ。だが、顔中を笑い顔にして、その大きな口でニカっと笑う。なんとも隠し事の出来なさそうな男だ。


 それでなくとも、イヌ科の人たちはストレートな人が多い。隠そうとしても尻尾が振れてしまうらしく『尻尾を握ってから挑む』という言葉があるほどだ。交渉ごとや、駆け引きには向かない人種だろう。年上だったら『親分』とか『大将』とか呼んでしまいそうだ。


「坊主、これ食うか?」


 下からポーンとオレンジ色の木の実が投げ上げられてきた。リムラの実。種が大きく食べるところが少ししかないが、乾燥に強くシュメリルールの街のそこら中に生えている。種の中身を漬物にしたものは、茜岩谷地方のおふくろの味だ。


「わ! タカーサ(ありがとう)」


 ハルの手の中にスポンと収まる。ナイスキャッチ。見えてないのに、すごいなハザン。


「でも坊主じゃないよ。ハルだよ」


 ハルが日本語で俺に言う。


「うん。そう、言ってみれば?」


 ハルが意を決したように頷く。その表情に、俺まで少し緊張してくる。


「ぼうず、ちがう! ハルだ!」


「そうか! ハルか。ハル坊主だな!」


「ちがーう!」


 ハザンの大きな笑い声が響き、前の馬車からアンガーが顔を出した。


 馬車は軽快に街道を走り、土煙が風に流れてゆく。

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