第十話 第一回地球出身者秘密会議
「ねえ、ヒロトさんの携帯、見せてくれない? ほぼ全面液晶ってすごいわね」
異世界(仮)語の授業中に、俺がスマホのメモ機能を使っていると、さゆりさんが興味津々で言ってきた。
「スマートフォンっていうんですよ。略してスマホ。さゆりさんのケイタイは今はガラケーって呼ばれてますね」
「ガラケー?」
「ガラパゴス諸島並みに世界基準から外れて、独自の進化を遂げた、って意味らしいです。ガラパゴス携帯、略してガラケー」
「ああ! その何でも略すの、懐かしいわ!」
「液晶画面はタッチセンサーになっていて、こんな感じで操作します」
「すごく薄いのね。すごい」
「インターネットがあれば、ナビ機能とか音声入力もできます」
「ほんと? ドラえもんみたいね。未来人に会った気分ね」
さゆりさんは2004年にこの世界に飛ばされてきたらしい。この世界で過ごした時間は三十年以上だと言っていたので、時間の経過がかみ合っていない。まあ、転移自体が理解できない不思議現象なので、考えてもわかるはずがない。
「充電とかどうしてるの? 私の携帯、三日くらいで充電切れちゃったのよ」
「ソーラーパネル付きの充電アダプターがあります。ナナミも持っているはず。何かあった時のために必ず持ち歩く約束をしています」
まさに何かあったわけだが、電話会社も基地局もない事態はさすがに想定外だった。謎電波さんだけが頼りなのだが、二度の奇跡以来なかなか働いてくれない。
そういえば、スマホのアルバム機能の中に、秩父夜祭に行った時の写真があったはずだ。スマホを渡すと、ぎこちなくスクロールしながら歓声を上げる。さゆりさんは埼玉県出身だ。
「懐かしい――。日本の風景ね。これ荒川かしら? 武甲山――」
言葉に詰まり、うつむいてしまう。涙がハタハタと落ちる。
「さゆりさん、ゆっくり見て下さい。アルバムの中は全部見て大丈夫です。あ、エロ画像とかあったら見なかったふりして下さい。俺は席を外します」
努めて明るく言い、ドアを閉めた。
『帰る方法は探さなかった』と言っていた。この世界で生きてゆこうと決めたから――と。だが、帰りたいと思わなかったはずがない。俺たちの存在は、思い出させてしまっただろうか。楽しく穏やかに暮らしていた大岩の家族に、余計な波風を立たせてしまうのかも知れない。『今更』という波を。
そして本当にエロい画像が数枚あることに気づいた。今すぐ部屋に戻って言い訳させてもらいたい。それは仕事の資料ですから!
▽△▽
しばらくして、目を赤くしたさゆりさんがドアを開き手招きをする。
「ごめんなさいね、取り乱したりして。つい懐かしくて」
「いえ、当たり前です。俺のほうこそ、気遣いが足りなくてすみません」
微妙な沈黙が流れる。くっ、エロ画像について説明するタイミングがわからん!
「勉強する雰囲気じゃなくなったわね。何か聞きたいことある?」
「そうですね、じゃあ、お金のことから」
さゆりさんは頷いてお財布と思われる小さな袋を持ってきてくれた。
「紙幣はなくて、硬貨のみよ」
金、銀、銅貨が丸くて中央部分に穴が開いていて、それぞれ同じ種類ごとに分けて紐が通してある。日本の五十円玉みたいな感じだ。
「銭形平次みたいですね」
あら良く知ってるのね、と笑われた。良かった、少しは気分が上向いてきたようだ。
あとは親指の爪くらいの大きさの、四角く薄い小貨。こちらはシャラシャラと小さな袋に入っている。
「小貨が日本の十円くらい、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円くらいの感覚でいいと思うわ。」
わかりやすくて助かる。出掛ける時は腰にぶら下げるそうだ。まさに銭形だな。
「十進法ですか?」
「そう。この世界の人の指が十本で良かったわ」
商売をやっている人くらいしか使わないが、ソロバンがあるそうだ。
「時間は? シュメリルールで時計を見かけなかった気がします」
「うーん。この世界の人は時間にとってもアバウトなの。私は料理するのに必要だったから砂時計を作ったけど、シュメリルールでは『朝、お昼、夕方』に鐘が鳴るだけ。その鐘も『太陽があの辺まできたら』とか、そんな感じだと思うわ。みんな気にしないのよ」
それはなんとものんびりしているな。南の島の大王のようだ。
「
「一年が六つに分かれていて、春、初夏、夏、秋、初冬、冬。それぞれが六十日。雇われ人なんかは五日働いて一日お休みね。商売をしている人なんかだと、もう少し細かく分かれているみたい。でも、サラサスーンにはあんまりはっきりとした四季はないのよ」
カレンダーだという、六十個の玉を通した棒を見せてくれた。十個ずづ色が変えてある。なるほど玉を毎日移動させるわけだ。この世界の数字が書いてある。
その後は本当に雑談になった。
この世界には、多種多様な動物の特徴を持った人たちが暮らしている。地方ごとに『猫科の人が多い地方』や『鳥の人の集落』といった偏りはあるが、ある程度の大きな街には色々な種族が住んでいる。異種族でも結婚は普通にするし子供も作れる。子供は両親のどちらかの種族を受け継ぐそうだ。ちなみにサラサスーンはイヌ科や鳥の人が多い地方なのだとか。
俺たち家族に耳と尻尾がないことについて、他の人たちはどう思うのだろう。
「この世界の人たちは、よほど親しくならないとその人の種族について詮索しないの。だいたい見ればわかるからってのもあるんだけど、礼儀みたいな感じね。だから帽子を被ってポンチョを着てれば、わからない種族の人もいる。耳の小さいネズミの人とか、尻尾の小さい熊の人とかね」
親しくなったら聞かれるかも知れないから、何か考えた方がいいかも知れないな。
面白かったのが、プロポーズの方法だ。それにも動物の特徴が強く現れていて、強さをアピールして決闘するとか、ひたすら食べ物をプレゼントするとか、まず家を建ててしまうとか。鳥の人などは踊るそうだ。求愛ダンスを。
俺、耳生えてこないで、羽生えてきたらどうしよう。愛のダンスを踊るとか、絶対無理。あ、嫁もういるから平気だ。良かった。イヤまじで。ナナミ、ありがとう! 踊らないでも結婚してくれて!
政府や自治体はどうなっているのだろう。
それぞれの街や村が自治する以上の、国レベルの大きな組織は存在しない。大き過ぎる群れを作ることを嫌うのは、獣の本能だろうか。シュメリルールの街などでは、商人や農家、職人、教会のまとめ役がいて、話し合いをして街の運営をしているそうだ。金を出し合って、街道の整備などの公共事業をすることもある。自警団もあるらしい。
街では貧富の差もあるが、自給自足が成り立つ環境なので、罪人でもない限り生活に困ることはないらしい。王様も貴族も
転移当日、俺たちは茜岩谷で、動物を見かけなかった。谷狼に襲われるまで、本当に一匹もだ。これは何故なのだろう。
さゆりさんが、少し困ったように苦笑する。大岩の家から先は『忌み地』と呼ばれ、動物も鳥も何故か近づかない。神聖な場所とも、呪われた土地とも言われているらしい。もちろん住んでいる人もなく、旅人も避けて通る。
ちなみに、そんな場所に住んでいるさゆりさん達一家は、変わり者扱いなんだとか。
▽△▽
「ヒロトさん、カドゥーンとリュートに絶対に教えないで欲しい物があるの」
さゆりさんが真顔になって言った。何だろう。爆弾やマルチ商法みたいな、この世界に持ち込んでは危険な知識だろうか。
「ピタゴラスイッチとカラクリ人形」
「は?」
思わず聞き返す。
「私、カラクリ人形怖いのよ。絶対夢に見るわ」
わかる気はする。あのお盆にお茶を乗せてカタカタ歩くヤツ、めっちゃ怖い。
「ピタゴラスイッチは、収拾がつかなくなる気がするの。ホントは私も好きなんだけど」
ああ、なるほどな。爺さんもリュートも好きそうだ。きっと作りまくるな。
「わかりました。時が来るまで、内緒にしましょう」
第一回、地球出身者による、秘密会議はこうして閉幕した。ちなみにこの会議は、割と頻繁に開催されることになる。
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