人工衛 星奈ちゃん

第三話

　人工衛（じんこうえい） 星奈（せな）──。

　人格機能だけでなく外見的にも小学校中学年ほどの少女を精巧に模して造られたアンドロイドである彼女は、その特徴的──というか、いっそ猟奇的ですらある全身像にさえ目を瞑れば、ローティーン向け人気ファッション誌の表紙くらいは違和感なく飾れるであろう端整かつ愛くるしい顔立ちをしている。

　しかしそんな星奈は〈高機能衛星遠隔管理統合システム〉という大役を担うために特注で生み出された最上級かつ最高級のアンドロイドでもある。宇宙空間で長期活動ができる堅牢な構造と、最新にして先鋭にして繊細な技術とが融合した、いわば人類の叡智の結晶だ。

　そして星奈は「宇宙空間で働くことに同意している」という事実から〈G-terra計画〉における最も中心的なアンドロイドとしても位置付けられており、仕事をする傍ら、オフの時間はとても“ぐーたら”しながら過ごしている。

　むしろ、そうであることを求められている。

　ちなみに、美宙（みそら）も星奈のお世話係を始めるまでは詳しく知らなかったが、上司から渡された資料を見るに、星奈が〈高機能衛星遠隔管理統合システム〉として担う仕事は大きく分けて三種類あるという。

　一つ。地球の周囲にある人工衛星や観測ロケット等の位置情報や動作状況をリアルタイムに監視。予定された軌道からのズレや異常動作などが確認されれば、その内部システムに遠隔で強制介入し、原因の特定と修正を行う。

　二つ。人工衛星や観測ロケット等が打ち上げられた際、管制からの求めに応じて軌道計算を行い、遠隔で誘導をする。　

　三つ。役目を終えた、あるいは壊れてしまった人工衛星や宇宙ステーションの部品等を廃棄する際、地上に被害が出ない軌道へと誘導して大気圏内に落下させる。

　星奈は多機能なアンドロイドであるため他にも普段は使わないような機能をいくつか有しているらしいが、基本的には以上のような仕事をしている。

　美宙に対してはまるで実の姉に接するように気軽に、そしてわがままに振る舞う星奈であるが、彼女は美宙よりも格段に地球人類へ貢献しているのだ。

「──まだ終わらないの？　PP溜まったから早く消化したいんだけど」

　待ちくたびれたような星奈の声に、美宙はハッと我に返る。

　ぼんやりと記憶を遡っていたが、美宙は星奈から託された〈手〉の修理と定期メンテナンスをしている真っ最中であった。

「ごめんごめん、少しぼんやりしてた。はいこれ。ちゃんと動くか確認してみて」

「まったくもう、ミソラちゃんってば……。ちょっと待ってて」

　ぼんやりしながらも作業はしっかり終えていた〈手〉を星奈に返す。

　星奈は、それを澄んだ瞳で見据えて、

「遠隔マニピュレータと接続します。通信強度はグリーン。応答速度は平均0.0003秒。入力との誤差はプラスマイナス0.0001秒以内。その他動作も異常なし。──カンペキ。さすがミソラちゃん」

　とても無機質かつ透明な声で接続を確認したのち、無事に接続された〈手〉の指をぐーぱーしながら、またあどけない顔で「にひひ」と笑った。

　星奈は〈高機能衛星遠隔管理統合システム〉としての機能を行使する際、このように機械っぽい無機質な口調で話す。本人曰く「少し真面目に話してるだけだよ」だそうだが、彼女のあどけなさと無機質さのギャップには、美宙も最初のうちは戸惑ったのを覚えている。

「これでようやくPP消化できるぜ」

「ねえ星奈。その“PP”っていうのは何なの？」

　戻ってきた〈手〉を使って早速スマホのゲームをはじめた星奈に、美宙はそんなことを聞いてみた。彼女が何にハマっているのか聴取──というと堅苦しいが、雑談の中で教えてもらい、把握をしておくのも美宙の仕事のうちである。

　星奈はスマホの画面を見ながら美宙に応じる。

「これは最近流行ってる『アンドロイドは電気猫の夢を見たらしいよ』っていうゲームでね、PPは“パーソナルポイント”の略。このポイントを使ってキャラクター個人の存在を確立し、その強度によって装備できるようになる強い武器や防具を揃えて、人々の自我を崩壊させる敵と戦うの」

　そう言って星奈は〈手〉をふわりと飛ばし、スマホの画面を美宙に見せてきた。

　画面の中央には「+SENA+」という名前の立体キャラクターが表示されている。

　ちなみに、星奈が使っているスマホやゲーム機などは、彼女の〈手〉と同様に宇宙空間で問題なく使用できる特別製だ。なんでも、かつて高濃度放射能汚染区域での活動のために作られたロボットの技術を応用したとかで、宇宙空間でも動作するうえ、星奈に内蔵された通信機能に便乗するような形で地上と通信を交わしているのだとか。

「今の若い子って随分と小難しいゲームやってるのね……」

　画面の中に並ぶ細かな文字と数字の羅列を見ながら美宙が言うと、

「ミソラちゃんもまだ二十六じゃん。世間的には十分“若者”だと思うよ？」

「実年齢はともかく、私は子供の頃からそういうゲームとかに疎いの。知ってるでしょう？　星奈に教えてもらうまで“RPG”が何の略なのかすら知らなかったんだから」

「……いつも思うんだけど、ミソラちゃん、よく宇宙飛行士になれたよね。私にはゲーム内の謎よりそっちのが謎だよ」

　事実は小説より奇なり。

　星奈はそう苦笑して〈手〉を自分のほうに戻すと、再びゲームをプレイしはじめた。

　ゲームオンチどころか機械オンチである自分が、どうして宇宙飛行士になり、国際宇宙ステーションに勤務し、世界最高峰のアンドロイドである星奈のお世話係となり、最低限とはいえ彼女のメンテナンスすら担っているのか。

　否、担えてしまっているのか──。

　確かにそれは、美宙自身にとっても大きな謎である。