第二話



星奈せな、挨拶くらいはちゃんとしなさいっていつも言ってるでしょ。二日に一回くらいは会ってるけど、この世はいつでも一期一会。人に挨拶をするのはとても大切なことなんだから」

「はいはい、わかってるから。今日は何を持ってきてくれたの? プリンある?」


 美宙みそらの小言を当たり前のように聞き流して、星奈は美宙が持ってきた荷物──大きなボストンバッグに詰め込まれたお菓子やアイスなどの嗜好品を早く見せてくれとせっつく。人間の少女と見分けがつかないほど精巧に造られた頭部から伸びたプラチナブロンドのツインテールがふわふわと揺れている。


 今日の美宙に課せられた仕事は〈星奈が食べるお菓子やアイスの補充〉だ。

 星奈は自身に内蔵された無線機能を通して手のひら型のマニピュレータ──つまりラジコンのように動かせる〈手〉を自在に操作し、暇さえあればお菓子を食べたりゲームをしたりしながら宇宙空間で自堕落に暮らしている。


「プリンもあるし、星奈が言ってた氷印さんの新商品も試供品が届いたから持ってきたよ」

「やった! さっすがミソラちゃん! 有能すぎる!」

「担当の人が感想欲しいって言ってたから、あとでメールでもしてあげて」

「わかった!」


 美宙が持ってきた嗜好品の山を前に、騒がしく喜ぶ星奈。

 宇宙空間での長期的な単独活動が可能な星奈は、人類がこれまでに作り上げたアンドロイドの中でも最上級の性能をもつ特別なアンドロイドである……が、彼女に搭載された人格機能は小学校中学年程度の年齢が想定されており、美宙に対してもまるで小学生のようなテンションで接してくる。

 星奈と接している間、美宙がなんとなく“お姉ちゃん”な気分になってしまうのも仕方のないことだろう。


「星奈、今日は何か困ってることとかない?」


 星奈が遠隔で操作できるよう開発された機械式のコンテナボックスにお菓子やアイスなどを詰め込みながら、美宙は星奈に何か困り事はないかと問い掛けた。星奈からの要望を可能な限り叶えてあげるのも美宙お世話係の仕事である。

 すると星奈は「そういえば」と、自らの手──遠隔操作式の〈手〉をにぎにぎ動かしながら言う。


「えっと、困るほど大きな不調ではないんだけど、手の調子が少し悪いみたい。動かそうとすると応答速度が平均0.0032秒ずつバラバラにズレるの」

「貸して。見たげる」

「うん」


 手元にふわりと飛んできた〈手〉を受け取った美宙は、宇宙服の腰に装備していた工具入れとタブレット端末を一旦取り外し、作業しやすいよう腹部と大腿部のマジックバンドにそれぞれ再度固定する。


「定期メンテもついでにやっちゃうから、お菓子でも食べながら少し待ってて」

「ん、ありがと」


 美宙に〈手〉を託した星奈は、お菓子が詰め込まれたコンテナボックスに頭──つまり全身である──を突っ込んで「どれがいいかなあ」と楽しげな声で物色を始めた。


「そういえば。星奈が楽しみにしてたKRBの新作ポテトチップも試供品をいくつかもらったから持ってきたよ」

「あなたが神か!」


 美宙の言葉にテンションを跳ね上げた星奈は、お菓子の山から顔を出して美宙を勝手に神認定すると、再びお菓子の山に消えた。

 聞こえているかはわからないが「食べすぎないようにね」とだけ声を掛け、美宙は〈手〉に意識を向ける。


 星奈は自分専用の〈手〉を複数個所有しているが、その性能──反応速度や操作性の違いごとに“ゲーム用”や“お菓子を食べる用”などと細かく用途を分けている。

 いま美宙に託されたのは、星奈の一番のお気に入りである“ゲーム用”だ。


「さて、ちゃっちゃとやっちゃいますか」


 バイザーの頬部分をグローブ越しの手でポンポンと叩き、美宙は〈手〉の動作チェックをしながら修理箇所を定めてゆく。美宙の業務には、こうして星奈が使用する周辺機器の修理やメンテナンスも含まれているのだ。


 無論、美宙は専門のエンジニアではないため、可能なメンテナンスにも「最低限の」という注釈は必要だ。だが明るい性格をしているわりに極度の人見知りでもある星奈は自分の周囲にあまり多くの人間が常駐することを嫌うため、役職としては単なるお世話係である美宙が「星奈に関する全般」について最低限の維持管理を任されているのであった。


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