第9話 殺し合い 初日・夜
ゲームが始まって早くも七時間が経過した。
辺りは既に暗くなっていた。
幸いな事に、私はまだ誰にも遭遇しておらず、依然として森エリアの茂みで身を潜ませていた。覚悟していたが、このゲームはかなりの長丁場になりそうだ。
『……調子はどうだ? 体のどこかが損傷していたりしないか?』
「悪趣味なゲームに参加している割には、それほど悪くないかな。森を歩いたせいで皮膚が少し傷ついたけど、しいて損傷を挙げればそのぐらいかな」
『そうか、それは良かった。それとさっき運営からの通告だが――残りのアンドロイドが八十体を切った』
「……………………」
つまり、この短期間で私のように意思と感情が備わった機械が、こんな馬鹿げたゲームに二十体以上も消費されたということか。人間様の娯楽のために。
私達アンドロイドは消費されるもの。いくら感情があろうと、いくらでも代わりを生み出すことが出来る。
……分かっていた。理解していた。完全に割り切れていると思っていたけど、
ここまでおもちゃにされると、腹立たしいものだねぇ。
全く、アンドロイドにとっては生きにくい世界である。
『……おかしい。前回のドールズアイランドに比べて、早期の脱落者が少なすぎる。前回なら十九時頃で、四十体は脱落していた』
「前はアピールしようと特攻しているアンドロイドが多かったしね」
番組を見ると、大体敵同士が遭遇してドンパチやっている音で漁夫の利を得ようと集まって一気に数が減るパターンが多かった。好戦的なアンドロイドは意外なほど序盤で破壊されていた。
『二回目って事で、敵さんも迂闊に攻めれないと学習してるかねぇ。出来れば俺たちの関係ない所で潰し合って欲しいんだけどな』
「ほんとに。勘弁してほしいよ」
身を隠して敵に見つからないようにするのはそれほど難しくないが、ネイルガンしか所持していない現状、一度でも遭遇すればこちらの勝ち筋は皆無だろう。
バッテリーは運よく入手したが、この一つだけだと籠城かますには少々心元ない。
このままでは、強力な武器を所持していると思われる後半戦で生き残ることが到底思えない。いくら潜んだ方がいいといっても、結局最後は一騎打ちをしなければならないのだから。
なんにせよ、いつかは森を出て探索しなければならない。
「……エディ、辺りが暗くなった今こそ動いてみようと思うんだけど、どうかな?」
『お前らアンドロイドには暗闇も関係ないんじゃないのか?』
不安そうなエディの声が頭の中に響く。
「確かに暗視装置を使えば昼と同じぐらい見えるけど、それでも昼間よりはマシじゃないかな。火器を使うと明かりと音で位置がバレるし、このエリアは草木が生えているせいで足音にも気づきやすい。見つかっても今なら逃げられると思う」
「……そうだな。ゆっくりしていてもいずれエリア縮小で森を出なければならないしな」
「そゆこと」
プレイヤー全員が引きこもって決着がつかないという退屈な展開を避けるため、時間経過と共に、無人島内の立ち入れる範囲が徐々に縮小されていくらしい。エリア外に十秒以上いると失格扱いになる。リタイヤなどをすれば間違いなく私は破棄されるだろう。
森エリアを立ち入り禁止にされた事も考えて、やはり動き出すなら今しかない。
そう決心し、私は茂みから立ち上がった。
遠くの銃撃音に身を震わせながらも、何とか森エリアの東部まで歩いて来れた。音を聞く限り、森エリア内部で戦闘は行われていないと思うけど、視界が悪いここで正確な位置は知りえないでいた。
途中にあった小屋で新たにバッテリーを一つ入手したが、肝心の武器がない。殺傷能力があまりありそうにないネイルガンも、手ぶらよりはマシだろうと握りしめながら歩く。
――戦場と化したこの無人島で移動するというのは、想像以上に神経を使う事を知りたくもないのに知ってしまった。
もしかしたら草むらに潜んだアンドロイドが急に襲い掛かって来るかもしれない。
もしかしたら遠くにいるアンドロイドが自分めがけてライフルの照準を合わせている最中かもしれない。
そんな、根拠のない恐怖が何度も何度も脳内で浮かんでは消える繰り返していた。もし身を震わすという機能が搭載していたならば、震えて動き出せなかっただろう。
辺りはすっかり日が落ち、虫の声が鳴り響いている。私は木々に身を隠しながら進み、森エリアを抜けた先で――
二体のアンドロイドが、壊し合っていた。
「…………ッ!?」
緊張が全身に駆け巡る。遠くで銃撃音を鳴らしていた奴らとは違う、何より――近すぎる!
警戒を怠っていた訳ではなかった。それなのに、五十メートルほど先での戦闘に気付けなかったのは何故だ? ――しゃがんで身を隠してすぐに気付く。
二体のアンドロイドは、火器を使用せずに戦っていた。音で周囲のアンドロイドに位置をバレるのを避けているのだろうか? なんにせよ、てっきり銃撃戦ばかりになると想定していた私にとって、無音での戦闘が近くで行われているのは想定外だった。
幸いな事に、二体のアンドロイドは戦闘に集中しており、私の存在に気付いていないようだ。
今なら逃げられるか? という考えが頭をよぎったが、目の前で行われている異次元の戦いに背を向ける事自体が自殺行為に思えた。迂闊に動いたら間違いなく殺される――という圧力でその場から動けなくなっていた。体が震えなくても、今恐怖で身が竦むのが厄介な所である。
私は草むらの隙間から二体の戦闘を見る。
軍服を着た筋肉質な男型アンドロイドと、何故かメイドのような衣装を着た女型アンドロイドが戦っていた。
二メートル程の身長はありそうな軍服の男が、残像を残さん勢いで女に急接近する。逆手持ちで握っている黒々としたナイフをメイドの首元めがけて斬りかかるが、不気味なほど笑顔を浮かべた彼女が、スウェーバックで頭を引いて紙一重で回避する。
瞬間、軍服の男は斬りかかった勢いを利用して体をねじり、遠心力で威力が増した回し蹴りに攻撃を派生させる。
しかし避ける。しかしさらに攻撃を派生させる。しかし避ける。終わらない連撃と紙一重の回避の組み合いが二分以上も続いていた。
目で追いかけるのやっとの凄まじい攻防戦を見て、改めて自分とは別種の存在なのだと再確認した。同じアンドロイドのカテゴライズにいるのが申し訳なくなるぐらいに、二体の動きは自分のそれとはまるで違った。私が二体のどちらかに鉢合わせしていたならば、三秒もしない内に粉々になっていただろう。
戦いがいつから始まっていたかは知らないが、お互いほとんど無傷なままであった。アンドロイドは疲労という概念がない。バッテリーが切れるまで稼働し続ける特性上、二体の戦闘は永遠に続くとすら思えた。
が、メイドの一言によって攻防は終了を迎える。
「飽きましたわ」
笑顔が消えた。
突然棒立ちになったメイド。意外そうな表情をほんの一瞬だけ浮かべる軍服の男だったが、すぐに距離を詰めてナイフで斬りかかるが――
ナイフが、砕けた。
何が起こったのか。訳が分からなくなっているのは軍服の男も同じらしく、一秒にも満たないであろうほんの僅かな間、男性は動きを止めてしまった。
そして、次の瞬間。
軍服の男の頭部が消えていた。
「――――――!?」
何も見えなかった。メイドがどうやって攻撃したのかも、ナイフを砕いたのすらも。ただ、過程をすっ飛ばして軍服の男が破壊されたという事実だけが残った。
「第六世代の軍人さんもこの程度でしたか。人間とあまり変わりませんの」
メイドはもぎ取った軍服の男の生首を指先でクルクル回しながら呟く。痙攣させながら倒れる首無しの体をメイドは退屈そうに見下ろす。笑顔と無表情の極端すぎる表情の移り変わりや、底が見えない謎めいた雰囲気は、不思議とメイドの恰好とマッチしていた。
メイドは退屈だったらしいが、軍服の男も間違いなく戦闘に特化したアンドロイドだった。前回のゲームの優勝者と恰好や服装が似ている所を見ると、同じタイプのアンドロイドであった可能性は高い。決して弱い相手ではなかった筈である。
となると、やはり異常なのはメイドの方だ。オペレーターの指令でゲームに参加したのではなく、まるで戦闘そのものを楽しんでいるかのような――。
……絶対に関わってはいけない。私は確信した。
「ふーん♪ ふーん♪ ふふんふーん♪ まぁ、なんてことでしょう。バッテリーが二つもありますわ♪ 銃は……メイドには似合わないですわね」
再び笑顔になったメイドが、下手くそな鼻歌を歌いながら軍服の男の鞄の中を漁る。有難い事にメイドは私に背を向けていた。
どうする? どうする? どうする? 逃げる? それとも手に持ったネイルガンで先制攻撃をしてみる? やはり危険? このまま動かない方が――
考えがまとまらない。パニック状態なのが自分でも分かる。脳内でエディが何か伝えようとしているが、何も頭に入らない。ただ、目の前の可視化された死に頭の中は真っ白になっていた。
「………………くっ」
どうしたら良いか分からず、無意識にネイルガンの照準をメイドに向ける。釘を放った所で奴にダメージを与えられるとは思えないが、もう縋り付く物がそれしかなかったのであった。
「撃ってもいいですわよ」
メイドが背を向けたまま呟いた。少し間があって、自分に語り掛けたのだと理解した。
つまり、何もかもお見通しだったのだ。自分が隠れていることも、ネイルガンをメイドに向けている事も。
「んー? どうしたのですか? 撃たないのですか? 絶対に怒りませんから、ほぉら」
「…………………………」
「あ、もしかして当てる自信がなくて? ――では、こうしましょう」
困惑している私を他所に、メイドはそう呟き、瞬間、私の目の前に現れた。軍服との戦闘と同じく、常軌を逸した速さのせいで動作の過程が一切目視出来ない。
人間の瞳よりも何倍も高性能なアンドロイドのが見えないなんて、そんな事があり得るというのか……?
「これだけ至近距離なら当然、当てれますわね? どうぞ、撃って下さいませ。撃たないと、貴女をお掃除しますわよ?」
「……う……うううううううッ!!!」
トリガーを引く。
バシュンとガスが放出する音と共に釘が飛び出すが、腹部を狙った釘はあっさりとメイドに弾かれる。どうやって弾いたのかは見えなかったが、恐らく手で弾いたのだろう。
「ガス式の釘打ち機ですか。面白い武器ですわね♪」
「………………………」
「撃って頂きありがとうございます。――ところで、今から貴女はワタクシの手によって跡形もなく破壊されるのですが、どのような気持ちでいらっしゃいますか?」
メイドからの死刑通告。抗う術は――思いつかない。
知ってしまった。運などでは決して埋まる事のない絶対的な格差を。逃亡すら不可能な絶望的なまでのスペックの違いを。
どうあがいても避けられない死を。
「………………お願いです。私を、見逃して頂けないでしょうか? どうしても、死にたくないのです」
完全に折れた心とは裏腹に、私は地面に頭を擦りつけて命乞いをしていた。
馬鹿な事をしているのは分かっている。だけど、それでも!
嫌だ。死にたくない。エディを悲しませたくない。極限の状況で一番強く浮き出た感情は、生への執念だった。
こんな無意味なまま、何も成し遂げないまま、死にたくない。
せめて、私という存在に意味があったと証明したい――。
「いいですわよ♪ 見逃してあげますわ♪」
「………………へ?」
メイドはニッコリを笑顔を浮かべて言った。頼んだのは自分だけど、本当に見逃してくれるなんて夢にも思わなかった。彼女の意図が分からずただただ困惑する。
私のビックリした顔が面白かったのか、メイドは口を押えて、噴き出しそうになる笑いを堪えていた。艶やかな金色の髪が暗闇で揺れる。
「常軌を逸した生への執念、感服いたしました。実はワタクシ、面白いアンドロイドは見逃してあげる方針ですの。ゲームも貴方がいてくれた方が、きっと盛り上がると思いますの♪」
「………………本当に、見逃してくれるの?」
「だからそう言ってるじゃありませんか。あ、ですが次は見逃しませんわよ。仏の顔は三度までと言いますが、メイドの顔は気分次第ですの♪」
メイドは得意げに微笑んで、スカートの裾をつまんでペコリとお辞儀する。
「では、ごきげんよう♪ 冥途のメイド――カチュアが失礼しました♪」
そう言い残し、メイドのカチュアは闇夜に消えていった。
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