第10話 出会い 二日目・朝
深夜零時――。
ゲームが開始して、十二時間が経過した。
「………………エディ、そろそろ寝ていいよ。私は大丈夫だから」
『……いいのか? まだ、あのメイドが近くにいる可能性が――』
「その時はその時だよ。あんなのいつ出会っても勝てっこないんだからさ。今夜はもうここから動かないから」
『……そっか……あ――……その、なんだ。お疲れさん。お前が生き残ってくれて嬉しいよ』
「ありがと。おやすみ」
『おう』
通信が切れた。私は木の幹に背中を預けてぼんやりと木々の隙間から見える星を見上げる。
「…………死にたく、ないなぁ」
掠れる声で夜空に向かって呟く。アンドロイドにとって現実は常に非情であり、耐え忍ぶことには慣れていたが、
……流石にアレばっかりはどうしようもないかもなぁ。
先ほどのメイドのカチュアとの遭遇の一件が心を重くする。結果的には見逃して貰ったが、後に引く敗北をしてしまった。
このゲームを舐めているつもりはなかったけど、生き残りさえすれば勝機はあると思っていたが、あんな得体の知れないアンドロイドが参加しているなんて。
全く勝てるビジョンが見えなかった。工夫と不意と強力な武器と運と根性を駆使したとしても、カチュアに勝つことなんか不可能なんじゃないかと思わせる、圧倒的な強さだった。
見逃してくれるという事は、いつでも殺せるという自信の表れなのだろう。
そしてその自信は、当たっている。
「…………はは。無理ゲー過ぎて笑けてくる」
アンドロイドは睡眠を必要としない。その気になれば強制稼働停止をすることも出来るが、人間のような肉体と脳を回復するためとは違い、用途としては家電のオンオフスイッチに近い。
……眠気を感じない肉体は確かに便利だけど、嫌な考えがグルグルと堂々巡りする今夜だけは、頭の整理が出来る睡眠が欲しいなと思った。
「……さぁて、そろそろかな」
『現在地から森の端を沿って一キロほど進んだ先に、大きな家がある。何か武器が落ちているかもしれない』
「りょーかい。行ってみる」
二日目の朝。少し眠そうなエディの指令を聞いて、私は屋敷を目指して移動し始めた。
一日以上森に潜伏したおかげで、移動もだいぶ手慣れてきた。今なら音も出さずに木々を抜けることも出来る筈。
素早くかつ慎重に。死角が多い森では遭遇戦になりやすいため、常にネイルガンを構えながら樹木の根を蹴って進む。遠くで何かが破裂したような音が響き渡る。こうしている間にも、誰かと誰かが壊し合っているのだろう。
――予定よりも早く、家に到着した。ネイルガンとバッテリーを入手した小屋と違い、ややボロいが快適に住めそうな二階建ての家だ。ツルが家の外観に纏わりついてなんだか呪われた屋敷みたいになっているけど。
玄関に立って錆びたドアノブを引く。あっけなく扉が開く。森の中よりもずっと敵が潜んでいる確率が高いため、気を引き締めて探索を行う。
すぐに異変に気付く。
「……ねぇ。これって……」
――家の中は、激しい戦闘が行われた形跡が至る所で見つかった。穴が開いた壁。真っ二つになった本棚。蜘蛛の巣のような模様が画面についたテレビ。折れた柱。壁についた謎の切り傷。穴が開いた天井。数え上げたらキリがない。
置かれた家具は古いのに、破壊の跡は新しい。恐らくアンドロイド同士がこの家で鉢合わせになって戦いが勃発したのだろう。
誰かが来ていたのなら、これ以上探しても何も見つからないかもしれない――と思った矢先にテレビの裏に西部劇でよく見る形のリボルバーと、バールを発見する。リボルバーの弾薬箱は見つけることが出来なかったが、シリンダー中に六発の弾丸が込められていた。
『……どうやら、探索するよりも先に戦いが始まっちまったみてぇだな』
エディの言葉に同意の意味を込めて頷く。荒れたリビングを見ると、弾丸が装填されていないダブルバレルショットガンや、もぎ取られたアンドロイドの手が床に転がったまま放置されていた。
――と、廊下の階段の近くに動かなくなったアンドロイドを発見した。首が完全にくの字に折れており、割れ目から内部回路が剥き出しになっていた。
触れてみて稼働が完全に停止しているを確認する。人間でいう脳の役割である中央処理装置がアンドロイドの頭部に組み込まれている場合が多いため、首への攻撃が致命傷となったのだろう。
バッテリーがまだ残っているのに気づき、回収する。この家に来て随分と余裕が出来た。しばらくここで籠城するのもアリかもしれない。
ネイルガンと弾の入っていないショットガンを鞄にさして、リボルバーを手に持ってボロボロの階段を上る。
私は上った先の扉を開けて――壁に寄りかかった女型アンドロイドを発見した。彼女は項垂れたまま壁に寄りかかって微動だにしていない。
『気をつけろ。まだ動くかもしれない』
「分かっている」
私は引き金に手をかけてゆっくりと少女に接近する。一階のアンドロイドと同じく、アンドロイドにしては小柄な少女の肉体は酷く損傷していた。
右足はぐしゃぐしゃに潰されている上に、至る所の人口皮膚が焼き切れていて、鉛色の内部骨格が剥き出しになっていた。特に損傷が酷い少女の頭部は、およそ三分の一が喪失していた。剥き出しになった回路から火花が迸る。
「一階のアンドロイドと相打ちになったのかな?」
『みたいだな。なんにせよ、運がいい。これでまたバッテリーが二つ手に入る――』
少女が、動いた。
正確に描写するなら、頭だけ動いた。片方しか無い瞳でまっすぐ私を見つめて、小さく口が動く。
「どうか、自分を破壊して下さい」
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