第6話 アンドロイドに人権はありません⑥







「おかえり……ってどうしたの死にそうな顔をして」

「………………」



 自宅に戻った俺の顔を見て異変に気付くネル。しかし、俺は視線を合わすことなく靴を雑に脱いだ。スーツの上着を床に叩きつけ、震える手でタバコを手にする。


「ああ、クソッ!!」



 力が入らない手のせいで上手く火がつけられず、苛立った俺はライターを壁に勢いよく叩きつけた。咥えたタバコもついでに投げ捨てて、何年も使っているせいで少し黒ずんでいる布団の中に包まる。



 骨に当たって腹立たしいベルトを取ってズボンのチャックを下ろして、枕の傍に置かれた睡眠薬を飲み込み、無理矢理目を瞑る。



 吐きそうなほどの怒りに駆られている今、とてもじゃないが寝れる状態ではなかったが、それ以外にこの爆発しそうなドロドロとした感情を落ち着かせる方法を俺は知らなかった。












 月明りで、目が覚めた。睡眠薬のおかげか、何だかんだで眠れたようだ。


「…………ああ――……」



 しょぼしょぼになった目を擦って瞳のピントを合わせ、上体を起こす。僅かに落ち着きを取り戻した頭をガシガシと掻いて、フラついた足取りで洗面所まで向かう。うがいを何回かした後に、水分補給する。



「おはよう。今夜はスーパームーンだって」



 布団まで戻ると、窓から見える夜空を見上げたネルがいた。振り向いてタバコを見せつけると、ニタリと笑う。



「とりあえず、一本いっとく?」


「…………そうだな」




 気遣いが出来るアンドロイドに感謝し、タバコを咥える。ネルに火を付けて貰って、一緒にタバコを吸いながら夜空を見上げる。



「「……ふぅ――――――………………」」



 彼女が言った通り、今夜の月は大きく強く光り輝いていた。



「……言いたくないなら言わなくていいけど、出来れば何があったか教えて欲しいな」


「…………………………」



 今日の出来事を、ゲームが開催されるまでの間に言わなければならない。それは分かっている。分かっているが――どうしても喉の奥がつっかえて言語に変換することが出来なかった。



 その顔を見て何か察したのだろう。月を見上げながら、ポツリと呟く。



「…………無理して言わなくてもいいよ。エディが言いたくなるまで、待ってる」


「いや……今言うよ。タバコを吸って落ち着いている間にでも言わねーと、いつまで経っても伝えられねぇ」



 そう返答した俺は、ポツリポツリと時間をかけて今日あった出来事を語り始めた。さほど長い話ではなかったのにかかわらず、タバコは二本目に突入していた。



「そっか。駄目だったんだ」



 全てを聞いたネルは、静かにそう答えた。どんな表情をしているのか、俺は怖くて見る事が出来なかった。彼女の達観した声色の呟きは、月夜に溶けて消えていった。



「んふふ。エディは私のためにあんなに怒ってくれたの? ありがとね」


「そりゃ怒るだろ。そんな理不尽な事を言われたら」


「ってかさぁ、ストレス解消するのに寝るって! 私、笑っちゃったんだけど! 子供かよって!」



「うるせぇ。おっさんになるとガス抜きが下手になんだよ。タバコ吸うか酒飲むか寝るしかねーんだよ」


「叫びながら走ったら良かったのに。青春みたいでカッコいいじゃん」


「やだよ。青い春なんてとうの昔に終わっちまったよ。それに今じゃ全力疾走なんて百メートルも出来ねぇよ」


「あははは。かわいそー」




 隣からクスクスと笑い声が聞こえる。



「ねぇ、せっかく晩御飯作ってあげたのに、食べないの? カレーだよカレー。私は食べれないから、早く食べて感想教えてよ」



「あ――……。悪い、気分じゃねぇなぁ。これ吸って、酒飲んで、頭が痛くなるぐらい寝てから食べるよ」


「おっけー。じゃあ冷蔵庫に入れておくね」


「おー」


「…………………………」


「…………………………」


「なぁ」


「なぁに?」


「……その、なんだ…………悪かった。……俺がどうしようもない無能で。こんなくだらないゲームに参加させて。出来る事なら今すぐお前を連れて逃げ出したい」



 俺は掠れた声で言葉を続ける。



「だが……俺がどうしようもないクズだから。やっぱり自分が可愛いんだわ。俺にはもう、お前を犠牲にして生きる道を選ぼうとしている」


 アンドロイドの横奪は重罪である。だからと言って、自分がネルを見捨てたという事実は変わらないが。


「本当にすまない。恨んでくれていい。全部俺の責任だ」


 しばしの沈黙の後、



「…………ぷっ。あはははははは! 『恨んでくれていい』キリッ☆ とか。似合わねーセリフ」


「……え?」



 思わぬ返答に、俺は今になって隣の彼女を見た。


 彼女は腹を抱えて笑っていた。自分という存在がただの人間の道楽で壊されてようとしているのに。



 困惑していると、ネルは微笑みながら俺を見上げてきた。



「んっふっふー。エディさ、何諦めムード出してんの。まだ諦めるのは早いんじゃないの? 何で、私が生き残る可能性に賭けないのさ?」


「…………だが」



「だがじゃないよ。いけるんだって。私がいけるって言ったらいけるんだって。それにまだ一週間もあるらしいじゃん。凹んでいる暇があったら色々と作戦考えようよ!」


「……………………」


「んもう! 辛気臭い顔だなぁ!」



 ニコニコと笑うネルは俺の背中をバシバシと叩く。



「じゃあさ。約束してよ。ゲームが終わったら一緒にデートしようよ。オペレーターとアンドロイドの関係じゃなくて、それこそ仲がいいカップルみたいな感じで。近くに出来た遊園地行こうよ!」


「……ネル」


「それをモティベーションに頑張るからさ。私は大丈夫だから、笑ってよ。辛気臭い顔も嫌いじゃないけど、私は笑った顔の方が好きだよ」


「分かった。……本当に俺は馬鹿だなぁ」



 全く、彼女の言う通りである。諦めていたのはどうやら自分だけだったらしい。気を使わせてどうするんだ馬鹿野郎が。


 彼女が諦めない限りは、自分も彼女の事を信じ続けよう。

 そう、心と無駄に大きな月に誓った。



「ていうか、さっきの約束って死亡フラグみたい」


「……あ――……色々と台無しだ――…………」

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