第5話 アンドロイドに人権はありません⑤
……まずい事になった。管理者への呼び出しの連絡が来た時、エディは眉間に皺を寄せて頭をガシガシと掻いた。
「ああ――……めんどくせぇ」
四十近く生きてると、なんとなく分かってしまうのだ――悪い予感というものが。
悲しい事に、その反対の良い予感というのはさっぱり分からないのが不服だ。恐らく良い出来事の数が圧倒的に不足しているから、センサーが馬鹿になっているのだろう。もう幸せが何なのかもうさっぱりだ。
隣で内職の裁縫をしていたネルが、不思議そうに俺の顔を窺った。『工業分野特化型自立思考AI』のネルであったが、持ち前の手先の器用さは裁縫などにも生かせるらしく、少しでも生活費を稼ぐためにお願いしている。なんだかネルに全て任せるのは申し訳なく俺もそれなりに手伝ってはいるが、ハッキリ言って役立っているとは口が裂けても言えなかった。
「どうしたの? 嫌そうな顔をして」
「……ん――……。アンドロイドの管理者から今すぐ来いって連絡が来た。まぁ、暇だから別にいいんだけどさぁ――……」
「仕事の案件かな?」
「だといいんだけどなぁ――……」
気乗りはしない。だが、行かないという選択肢は無かった。相手はネルの管理者だ。逆らったら俺程度のオペレーター、一瞬で路頭に迷う事になる。
「まぁ、しゃあねぇ。行って来るわ」
「はーい。晩御飯は作っておいた方がいい?」
「おう。ありがとうな」
悲鳴を上げる関節に無理言って立ち上がり、ヨレヨレのスーツに着替えようとして――
「……その前に、一本吸うか」
気合を入れるためだと自分に言い聞かせて、俺はタバコを咥えた。
「自分が何故呼ばれたか分かるかね?」
「……分からないです」
「君、今月の営業成績が最下位なんだが、やる気はあるのかね?」
「すみません」
「謝れって言ってるんじゃないよ。やる気はあるかって聞いているのだよ!」
「……すみません。やる気は、あります」
「そういうのは言葉じゃなくて、行動で示さなきゃ」
「………………」
呼び出された会社の会議室で、ハゲた管理者から机を叩いて凄まれた。いくら化学は発展しようと、死んだ毛根を再生するまでは達していないらしい。
予想はついていたが、やはり有難いお叱りの言葉を頂戴したのであった。
正直な事を言うと、生きる気力すら希薄な奴が仕事へのやる気なんてある筈もないのだが、頑張らなかったのは間違いなく己のせいなので、反省はする。やる気など無くても成績は良くなる事を証明したかったが、今の俺には実績が致命的に欠けていた。
ただただ俺は、上司の言葉に壊れたロボットのように謝罪を繰り返す。
アンドロイドは優秀ではあるが故に、個人で所持することは法律で禁止されている。脳内のプログラムを勝手に書き換えられないための処置である。
というのも、プログラムの中には『人間に危害を与えてはいけない』や『オペレーターが命令した内容には逆らってはいけない』といった弄ったらテロの道具として利用されかねない重要プログラムがいくつも存在するからである。
ネルのオペレーターをしている俺は、本社からアンドロイドをレンタルという形で契約を交わしていた。そのためネルの所有権は本社にある。例え俺との契約が切れたとしても、ネルが違う誰かに貸し出されるだけで破棄される事はないだろう。俺の人生はどうでもいいが、ネルだけが気がかりだ。
「君さぁ、何でここまで営業成績が悪いままにしていたの? 第七世代なんだから稼ぐ方法なんていくらでもあるよね?」
「すみません。彼女は手先が器用なので、工業以外でも何か活用できないと今色々とチャレンジしているのですが――」
「あー違う違う。もうその発想が駄目だわ。手先が器用? いや、そんな事よりももっと簡単に稼ぐ方法があるじゃねぇか」
「と、言いますと?」
「――アンドロイドの身を売れよ。人間より安値になるが、それでも真面目に働くよりよっぽど稼げる。何で今までやってこなかったのか俺は不思議に思うね」
管理者は腕を組んで、得意げに鼻を膨らませた。
身を売る――つまり、売春の真似事をネルにさせろという事であろう。アンドロイドに拒否権をないのを良い事に、彼女が道具みたいに扱われるのに気付かないフリをして、身と心を削って稼いでくれた金で飯を食らう。
――想像して、眩暈がした。ふざけるな。自分が楽になるためにネルを犠牲にするなんてあってはならない。彼女は俺の大切な相棒なんだ!
……と、管理者に言えたらどれだけ楽だろうか。以前のように飄々とした態度で帰宅して酒を浴びるほど飲んでタバコを吸いたい。
管理者の提案は、決して邪道なんかじゃなく、今のご時世で当たり前に行われている事だった。最近では『性処理分野特化型自立思考AI』とやらも製造されており、夜の世界でもアンドロイドは活躍していた。
別にそういうアンドロイドに文句がある訳ではない。悪い仕事とも、馬鹿な仕事とも思っていない。
――しかし、ネルにやらせるとなれば別問題である。個人的に気に食わない。嫌だ。
言われて初めて気付いた。どうやら俺にもまだ信念とやらが残っていたらしい。
「……お言葉ですが、ネルは――」
「ああ、いいよ別に。今回は身を売れって話をじゃなくて、もっと重要が話がある訳よ」
「重要な話ですか……?」
「そうそう。君って――『ドールズアイランド』って番組を知ってる?」
「……知りません。テレビはあまり見ないので」
知らない事に露骨に驚いた管理者は、得意げにテーブルの埋め込まれた電子パネルからネットに検索する。ドールズアイランドという聞きなれないワードを検索し、公式サイトへと飛ぶ。
……話が見えない。その番組と俺がどう関係しているのだろうか。
「この番組はね、ウチもスポンサーしているネット限定配信の番組なんだけどさ、人気が爆発して二回目が開催される事が決定した訳よ」
「はぁ」
管理人は嬉しそうに番組について語ると、電子パネルをホログラムモードに変更する。サイトのページが浮かび上がり、俺は『ドールズアイランドとは?』という項目を読む。
『ドールズアイランドとは、選ばれた百体のアンドロイドが、隔離された島で最後の一体になるまで殺し合うゲームです! ルールはない戦え!」
「…………は?」
まるで後頭部を殴られたような衝撃を受けた。身を売れと言われた以上の怒りが全身に駆け巡り、目を前がぼやける。
「ウチも番組のスポンサーだからさ、一体は出さないと顔が立たないのよ。といっても他社の戦闘力が高いアンドロイド相手に生き残れるとも思えないからさ、壊れてもさほど支障が出ない――君に貸し出したアンドロイドを出場させる事にした」
「出場させる事にしたって……! もう決定事項なんですか!」
「うん。一週間後にアンドロイド同士で殺し合いをしてもらう。もう君のアンドロイド番号を登録したから、今更取り消せないよ。逃げようとしたらそうだなぁ……命令違反したという事で破棄処分になるだろうね」
「………………ッ!?」
それはネルの死刑通告と同義だった。工業特化のネルは当然殺し合うのを目的に製造されていない。出場してもしなくても彼女が死ぬ事実は動かないだろう。
反論したいのに、乾いた口がうまく動かない。戦うための言葉を俺は持ち合わせていない。ただパクパクと陸に上がった魚のように口の開け閉めを繰り返していた。
「選択肢はないが、一度自宅に戻って考えるといい。なぁに、悩む必要はないさ。別に勝てなくてもいい。番組が終わったら、今より優秀なアンドロイドを貸し出してやろう」
「……………………」
「参加費だけで元が取れる。しかも広告にもなると来た。全く、無能をリサイクルするには最高の番組だと思わないか?」
――本社を出た後も、管理人のネットリとした言葉がいつまでも頭の中でグルグルと渦巻いた。
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