第3話 アンドロイドに人権はありません③



「あぁああぁぁぁぁあああああぁあああああああああ………………死にたい」



 数日後、あれだけ調子良く労働拒否を促したエディが一変、今や六畳ほどの小さな自室の隅で頭を抱えていた。



「後悔するぐらいなら無茶しなきゃ良かったのに。私なんかを庇っちゃって」



 流石に気の毒すぎて見てられなくなった私が話しかけると、いつも以上に死にそうな顔をしたエディがこちらを見た。



「いや、別に後悔はしてないし、あのデブは間違いなく糞だと今でも思ってるが……なんつーか、途中で帰るのがまずかったなー。ちょっと気持ちよくなり過ぎた」



「ありがとね。カッコ良かったよ」


「カッコ良さじゃ腹はふくれねー」




 エディは両手を挙げて背筋を伸ばすと、勢いよく畳みに倒れこんで、老朽化が進んでヒビが入った天井を「あー」と奇声を出しながら見上げる。



「ネルが希少タイプだからまだ需要はあるが、たかが一回バックレただけでこうも影響が出るとは。もう完全に厄介者扱いで、受付のアンドロイド姉ちゃんも全然職を紹介してくんねぇの。今はまだ貯金があるが、そろそろ手を打たないとヤバいかもな」



「仕方がないよ。労働力が有り余っている時代なんだから」



 ――『第五世代』から導入された『自立思考AI』により、劇的に人間の生活は快適になったらしい。まるで人間と同じまたは分野によっては人間を凌駕する知識と、アクシデントにも対応できる柔軟性の高さにより、アンドロイドは瞬く間に世界中で使われ始めた。



「すげー時代だよなぁ。今じゃアンドロイドが電車で通勤してんだぜ? 笑えるんだが」


「場合によっては人を雇うより確実だからねー」



「だな。人間より優秀な奴を道具として扱うってのが個人的にツボだわ。もう俺らは旧式で、アンドロイドの下位互換だというのに。どいつも嫉妬や劣等感や無駄なマウント取りでこれっぽっちも進化してねぇ。アンドロイドのがよっぽどいい性格してるよ」



「そんな事言っていいの? 私、嬉しくて調子乗るよ?」



「おー乗れ乗れ。俺なんて所詮、四十近くの目標も信念もない無能のおっさんだ。どうも。ネルの働きによって食わせて貰ってるヒモ野郎でーす!!」



 エディは手足を伸ばしてヤケクソ気味に叫ぶ。その動きが面白くてネルはクスリと笑った。



「全く、機械音痴のおっさんには厳しい時代だぜ。今時スマホなんて小学生でも平気で使いこなしてやがる。電車の切符を買うのすら悩む俺にとっちゃ、ありゃ魔法みたいなもんだ」



「エディは私を使ってるじゃないの」


「ネルは機械じゃねーよ。自分で自分の体を修理したり補給する奴が機械でたまるか。しかも全然扱えてねーし。俺がオペレーターとして役立った事なんてこれっぽっちもねーよ!」



「ネガティブだねぇ」



 彼の考えは今の時代に間違いなく合っていないが、嫌いではなかった。生きにくそうだなぁと思う。



 私はおっさんの戯言を鼻で笑い、同じようにボロい天井を見上げる。都会以外でも高層ビルが平気で立ち並ぶ現代で、座敷童でも住んでいそうなオンボロ住宅は今時珍しい。



「……駄目だ。気分が悪ぃ。ヤニ吸って来る」


「あ、私も一本貰っていい?」


「しゃーねぇーなぁー」



 間接を鳴らしながらエディは立ち上がり、ポケットに入れたクシャクシャになったタバコを取り出して咥え、もう一本を私に差し出す。見るからに安そうなライターでタバコに火を付けて、鳥の叫び声みたいな音が鳴る窓を開ける。



 二人は大きく吸い込んで、



「「ふぅ――――――――――ッ………………」」



 肺またはエアタンクから勢いよく煙を吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る