第2話 アンドロイドに人権はありません②




  ディマントは強引に私を人気の無い茂みへと連れて行こうとして――



「ディマントさん。そりゃあいくらなんでも、酷くないですか?」



 突如、背後から声がかけられる。私の肩に手を乗せながら、ディマントは不満そうに眉間に皺を寄せて振り向いた。



「あぁん? ……確かお前は、この機械のオペレーターだったか」


「そうです。エディって言います。ちなみにディマントさんの肩に抱かれてる女の子は、ネルって名前ですので覚えてあげて下さい」



 エディと名乗った私のオペレーターは飄々とした口調で語りかけて来た。三十代後半。蹴れば容易く折れそうな針金のような四肢に、間違いなく整えていないボサボサの髪。生気の無い青い顔に、目を縁取る主張の激しい隈。



 今にも死にそうな不幸という文字を具現化したかのような男は、白々しい笑顔を浮かべながらフラついた足取りで歩み寄って来た。



「……ふぅん。オペレーターねぇ。なぁ、お前んとこの機械、俺の命令を無視した挙句口答えしやがったんだが。どういう教育をしているんだ? 機械はちゃんと『人間の道具』って事を覚えさせないと駄目だろぉが」



 ディマントは馬鹿にするような口調で挑発した。銀色の人口毛を引っ張って私の顔を口元にまで寄せて、頬辺りの人工皮膚を舐めた。



 オペレーターの仕事は、主にアンドロイドが暴走および反抗的な態度を取らないかを監視する事である。いくら人間のような自立思考をしてようと、所詮人間の真似事であり、カテゴリではモノに属する。



 アンドロイドを破壊したり傷つけたりなどの証拠が出る行為は罪に問われるが、基本的にアンドロイドには発言権が無いに等しい。ディマントが茂みで行為をしたとしても、動画や写真などの物的証拠がない限りは私が優位に立つことはまずあり得ない。



 その上、オペレーターとアンドロイドは所詮現場に雇われたその場限りの存在だ。立場では現場監督のディマントの方が圧倒的に上であり、例えエディが怒りに駆られて正義を振り回したとしても、最終的に損を食うのは厄介者の烙印を押されたオペレーターサイドだ。替えが容易に効く時代の今、問題を起こしたアンドロイドなど誰も雇わないだろう。その事は、オペレーターのエディも理解している事であろう。



 一体、どうするのか――。



 私がエディの挙動に注目していると、彼は枯れ木のような手を持ちあげて頭を掻いて――ヘラヘラと妙に癇に障る笑顔を浮かべた。



「いやぁ。ウチのネルがご迷惑ををおかけしたみたいで申し訳ないです。しょーもない冗談を言って人を怒らす事もあるんですけど、結構面白い奴なんで、どうか長い目で見てやってくれませんかね?」



「おい。ちゃんと話を聞いてやがったか? 道具に面白さなんか求めてねぇんだよ。使えるか使えないか。俺に逆らったこの機械はその時点で何の価値もねぇんだよ」



「悪いですけど、ウチは自主性を尊重する方針なんで、責任があるとすれば自分にありますね。……しかし、本当に彼女に価値がないんですか? 仕事のノルマはちゃんと出来ているとの報告でしたが? 不快にさせたのならいくらでも謝罪します。ですが、先ほどの貴方の発言は余りに乱暴すぎませんか?」



「――お前、俺ではなく機械の肩を持つって言うのか?」


「そりゃそうでしょ。ネルは自分の大切な相棒なんですから」


「――――ッ!!」



 ディマントは額に血管が出るほど怒りを露にした。抱いていた私を突き飛ばし、エディの目の前に立つ。身長差はさほど離れていないが、体格差は圧倒的にディマントが上だった。彼の体重の乗った拳が一撃でも当たれば全身の骨が木っ端微塵に砕けてしまいそうだな――と、私は二人を交互に眺めて思った。



「後悔しても遅いぞ。俺に逆らってこの現場で働けると思っているのか?」


「ははは。何かアレですね。権力を振り回すデブって、見てて気持ちいもんじゃないですね」


「ふざけるなぁッ!!!!」



 ディマントは怒声を放ちながらエディの胸倉をつかむ。よく見ると掴まれたせいで足が十センチほど宙に浮いている状況だというのに、彼の笑顔が消える事はなかった。



「殴ってもいいですよ。出る所出ましょうよ。人間同士の拗らせの方が、よっぽどやりやすい」


「…………くっ!!」



「……ああそうそう。ディマントさんって、よくアンドロイドを茂みに連れて行って襲ってるらしいですね。自分が一番機械扱いしてないじゃないですか。現場にいる方はみんな知ってましたよ? ……流石にこれだけ証言があると、権力で全てねじ伏せるのは難しいんじゃないんですか?」



「――――ッ!?」



 ディマントの顔が曇り、エディの胸元から手が離れた。地面を踏みしめた彼は緩んだネクタイを取ってポケットの乱暴にぶち込んだ。



「……ふ、ふざけるなぁ! 何故俺が諭されなければならない! 俺がここで一番偉いんだぞッ!! それなのに、何故……何故ッ!!」



「さぁ? 日頃の行いじゃないですか?


 その言葉を最後に、ディマントの顔から完全に闘争心が消えた。それを確認したエディは私の元へと歩み寄って肩をポンと叩く。



「おい。帰っぞ」


「……いーの? まだ午後の仕事が残ってるけど?」


「いーのいーの。こんな糞みたいな職場、こっちから辞めてやろうぜ」




 相変わらずヘラヘラと笑うエディは、クルリと体を反転させて歩き出す。

 私は立ち上がってエディの背中を追う。竹ような細い背中も、今だけは大きく見えた。


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