アンドロイドはドン勝の夢を見るか?

阿賀岡あすか

第1話 アンドロイドに人権はありません




 仕事はどちらかと言うと嫌いだったけど、組み上げられた鉄骨に座りながら眺める夕日は、例え誰かに作られた脳みそだとしても奇麗だと思えた。













「おいそこのお前、何サボってやがる! 誰が休んでいいと命令した」



 口を半開きにさせながらぼんやり空を眺めていた私に向かって、誰かが怒声を飛ばしてきた。私は声の方向に頭だけ動かして姿を確認する。



 全体的に無駄な脂肪を蓄えてるせいでシルエットがボールみたいな大男は……確か、この無駄に巨大なビル建設の現場監督のディマントという名だったと思う。どうも接点が無さ過ぎて記憶が曖昧だ。



 肉を揺らしながらディマントは歩み寄る。私はよっこいしょと掛け声をつけて、鉄骨にもたれていた体を起こして立ち上がった。



「サボってないです。休憩です。みんなも私と同じように休憩しているんじゃないですか」



 私はそう言って遠くで食事を取っている男達を指さしたが、ディマントはふんと鼻を鳴らせてぶすっとした顔で腕を組んだ。



「お前は何を言ってやがる。いいか? お前と俺たちでは決定的に違うものがある。それが何か分かるか?」



 私はディマントの質問に、ワザとらしく肩をすくめた。



「さぁ? 日頃の行いとかですか?」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ。お前の飼い主はつまんねぇ冗談を教えるのが趣味なのか?」



 ディマントは私の前に立って軽く頭を小突いた。


 コーンと、無機質な音が鳴る。小突かれた反動で私は左へ上体が傾いたが、すぐに体勢を立て直し足元の小石に焦点を向ける。



「お前は俺ら人間と違ってただのモノじゃねぇか。サボるなんて人間の真似事をしやがって。気持ち悪ぃ。ゴミクズにされたくなかったら、俺らを少しでも楽にするために働きやがれ」



「私が派遣されたおかげで作業は順調に進んでいるじゃないですか。給料に値する働きはしていると思いますよ。それでもまだ不満なんですか?」



「あぁん? お前、俺の事馬鹿にしてんのか? 機械の癖に逆らう気なのか?」



 眉間に皺を寄せたディマントが私の胸倉を掴む。表情から察するに怒っているらしい。しまったと私は心の中で悪態をついた。荒い呼吸に連動して首についた脂肪が醜く震える。見るからに臭そうな息を吐くディマントをぼんやりと眺め、私はこの瞬間だけは臭いを感じる感覚器官が無くて良かったなと思った。



「すみませんでした」



 あえて逆らってディマントの怒り狂った顔が見てみたいとも思ったが、私自身に得が少なすぎるため断念して素直に謝ることにした。使えない奴と判断されたアンドロイドは、笑えるぐらいあっけなく破棄物処分所で原型も残らないぐらいに潰される。



 第八世代の中でも希少なアンドロイドタイプ『工業分野特化型自立思考AI』の私は、人間様に全てを尽くして働くために作られた機械である。働くことのみが彼女の存在意義である。



 いくら私が胸の中でボケがと思っていても、見た目は十代の整った顔をした女性だとしても、ディマントと私の間には生物とそれに仕えるモノという絶対的な違いがあった。



「生意気な機械だなお前は。謝ったら許されると思ってるのか? あぁん? もっと謝れ」



「すみませんすみませんすみませんすみません」



「足りないなぁ。全然反省が足りねぇなぁ!」



 絶対的優位な立場で権力を振るうのが気持ちいいのか、ニヤニヤと不快になる笑みを浮かべるディマント。私の人工毛を強引に掴むと、強引に引き寄せる。



「笑え」

「はい」



 笑った。正確に言うならば笑ってるように見せるために口角を上げた。



「お前は何のために存在している」


「人間の役の立つためです」


「そうだ。人間が言う事は全て正しい。お前は黙って従っていればいいんだ」


「はい。すみませんでした」


「……人間のために存在しているのだったら、別に何しても受け入れるよなぁ?」



 ――今日一番の、人工知能の私でも分かるぐらい邪悪な笑みを浮かべた。ニチャリと口内で唾液が糸を引く。その表情を見た瞬間、私は全てを察した。


 ああ、なるほど。そういうことか。



 私はディマントの何かで膨らんだズボンを見て、食べ物を含めない体だというのに吐き気に襲われた。口の中に手を突っ込んで全力でえずけばボルトぐらいなら吐けかな?



 おかしいと思ったのだ。ビルの建設のためにここに派遣されて一週間になるが、労働者と休憩と同じように休んでいて文句を言われたのは今で初めてであった。一人で出来る作業なんてたかが知れているというのに。



 要は、怒る理由があったから来たのではなく、怒りたかったから適当な理由を作ってやって来たのだ。



 絶対に逆らえない私を性のはけ口にするために。



 まぁ、それが分かったとしても何かが変わるという事はないのだけど――私は笑顔を張り付けたまま何処か他人事のように思った。


「来い。教育をしてやる」



 そう言うと、ディマントは私の肩に太い腕を乗せて、手首を曲げて乳房を強引に掴む。



 ――『極限まで人間に近い肉体と柔軟的な思考』をコンセプトに製造された第八世代の私の体は、錆びにくいステンレス製の内部骨格を覆うように人工皮膚が肉付けされている。



 また『そういう用途で使用される』事も想定した第八世代は、整った顔立ちのアンドロイドが多い。



 型番によって骨格や顔、性格の違いはあるが、最も人間に近い外見を持つのは私と同じ第八世代である事は間違いない。その完成度の高さは、二の腕に刻まれた型番号が無ければ、例え実際に触れたとしても人間とアンドロイドを正確に見分けるのは至難の技であった。



 故に、Cカップほど膨らんだ私の胸の中には液状シリコンが入っており、人間の胸を揉む感触とほとんど同じであった。――否、理想的な胸を基準に制作されているため、本物の胸よりも理想に近い柔らかさを持ち合わせていた。



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