CUBE

神無月 友朗

サッカー少年

 ─夕方─


 サッカーボールを片手に、一人の少年が閑静な住宅街を歩いていた。その途中、少年は公園のグラウンドの前で足を止めた。そのグラウンドの隅には、ちょっと不思議な光景があった。

 大きくて真っ白な立方体。その前には、ヘンテコな帽子にヘンテコな髭を生やした細身で背の高いおじさんが腕組みして立っている。おじさんの足元にはフタの開いていない缶ジュースが十本。おじさんは首をかしげてブツブツ独り言を言っていた。

「困ったな、どうしたものか…」

「おじさん、どうしたの?」

 おじさんが振り返ると、そこにはサッカーボールを持った少年がいた。おじさんは言った。

「それがだな、〝コレ〟がしまって、運ぼうにも運べず困っているのだ。」

〝ソレ〟は少年の背よりも高く、少年が両手を広げても端から端まで届かないほどの大きさだった。大の大人でも〝ソレ〟を運ぶのは容易ではない。

「おじさん、〝コレ〟は何?何か入ってるの?」

「秘密だ。〝コレ〟は〝コレ〟。それ以上でもそれ以下でもない。」

「じゃあ、〝コレ〟はおじさんの大切な物?」

「そうだ。〝コレ〟は知り合いから譲り受けたものだ。」

「〝コレ〟の裏側はどうなってるの?」

 〝ソレ〟は大き過ぎてこちらからでは裏側が見えない。少年が裏側を覗こうとすると、突然おじさんが大声を出した。

「いかん!〝コレ〟の裏側を見てはならない!決して裏側を見ようとするな!」

 その勢いに少年はビクッと肩を震わせた。おじさんは怖い顔のまま少年を見下ろした。

「おじさん、ごめんなさい。」

「分かればよい。」

「〝コレ〟を家まで持って帰りたいの?」

「そうだ。」

「僕が手伝ってあげようか?」

「何言ってるんだ。〝コレ〟はすごく重いんだぞ。そして見て分かる通りすごく大きい。私の背の半分も無いお前に、〝コレ〟を運ぶ手伝いなど出来るわけがない。」

「家は遠い?」

「道のりは長い。」

「誰かに電話したら?」

「電話は持たぬ主義だ。」

「僕の家に来て、誰かに電話するのは?」

「私がいない間に屈強な大男がやって来て〝コレ〟を盗んで行ったらどうする?〝コレ〟から離れることはできん。」

「誰か助けを呼んで来ようか?」

「バカを言え!〝コレ〟は貴重な代物なんだ。やたらな奴にベタベタ触らせるわけにはいかん!」

「文句ばっかり。」

「お前の提案が悪いのだ。」

 偉そうなおじさんの態度に少年はだんだん面倒くさくなってきた。

「僕おじさんの役に立てなさそうだし、そろそろ帰るよ。」

「おいちょっと待て。一つだけお前は役に立つぞ。私は暖かい飲み物が飲みたい。だが、〝コレ〟には見張りが必要だ。私が近くの自動販売機で飲み物を買って来る間、お前は〝コレ〟を見張っていろ。」

 少年はおじさんの足元にある缶ジュースの固まりを見た。

「そこにあるジュースを飲めば?」

「これらは全部冷めてしまっている。暖かいのが飲みたいんだ。」

「おじさんが見張ってた方がいいんじゃないの?欲しいの言ってくれたら僕が買ってくるよ。」

「小銭を持ち逃げする気だろう?」

「そんな事しないよ。」

「私の飲みたいものが分かるか?」

「教えてくんなきゃ分かんないよ。」

「後で気分が変わるかもしれない。私が買いに行く。」

 結局おじさんが自販機に飲み物を買いに行き、少年が〝ソレ〟を見張ることになった。おじさんは去る前に〝絶対に裏側を見るなよ!〟と釘を刺した。少年は〝絶対見ない〟と約束した。

 おじさんの後ろ姿が見えなくなると、少年は忍び足で〝ソレ〟の裏側へ回った。見るなと言われると余計に見たくなる。

 少年は側面からそっと顔を出し、〝ソレ〟の未知の裏側を覗いた。裏側は真っ白でまっさら。表側と全く同じだった。少年は残念そうに溜息をつき、表側に戻ろうとした。その時、足元に片方だけの子供靴が落ちているのに気がついた。不思議そうに少年がそれを拾うと、急に背後から生臭い嫌な臭いがした。少年がゆっくり振り返ると…


 鋭い歯が何列にも並んだ真っ赤なデカい口を〝ソレ〟が開けていた。





 地面にはサッカーボールが転がった。


「すまなかったな遅くなって。あまりにたくさんの飲み物があったもので、つい迷ってしまった。ささやかな礼にと思って、お前の分も買ってきたぞ。」

 戻ってきたおじさんの手には二本の缶ジュースが握られていた。しかし、そこに少年の姿はなかった。

「ややっ、また大きくなっているではないか!」

〝ソレ〟はおじさんが飲み物を買いに行く前よりも一回り大きくなっていた。おじさんは買ってきた缶ジュースを足元に置き、腕組みをして首を傾げた。

「困ったな、どうしたものか…」

「おじさん、どうしたの?」

 おじさんが振り返ると、そこにはピンクのリボンで髪を結んだ少女がいた。おじさんは言った。

「それがだな、〝コレ〟がしまって、運ぼうにも運べず困っているのだ。」

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