第56話 許嫁(3)


 菊露ジュルちゃんの寮から、今、私が部屋を与えられて住んでいる心養殿へと戻る。

 玄関を入ろうとしたところで、背後から名前を呼ばれた。


「そこの貴女、御堂河内 美城という方をご存じなくて?」


 振り返ると、人形かと見紛うほどの美しい女性が立っていた。

 すらっとモデルのように背が高い。

 ろうのように白い肌と整った顔立ち。

 落ち着いた色の赤髪を背中に流している。

 自信に溢れる佇まいは、私とは住む世界の違う高貴なお姫様のように見えた。


「えっと、私ですが」

「……貴女が? 本気ですの?」

「えっと……、まあ、はい」


 ギリッ……。

 何かを強く噛みしめるような音が二人の間に響いた。


「申し遅れましたわ。わたくしの名前はシン 静香ジンシャン。貴女も聞いた覚えがなくて?」

「えっと……、ごめんなさい。聞いた覚えがないです」


 ダンッ!

 彼女が右足を床に叩きつけるように踏み鳴らした。

 お、怒ってる?


「わたくし、天様の許嫁でしてよ」

「え!? いいなずけ!」

「フフフ。驚きまして?」


 彼女が勝ち誇ったように、髪をかき上げる。


 許嫁って、あの許嫁よね?

 なあんだ! 許嫁いたんじゃ~ん!

 天くん何も言わないんだもんな~。

 許嫁がいるなら私が正妃になる必要はないよね。


「許嫁、いたんですね! 天様何も言わないので知りませんでした。じゃあ、星様は天様の正妃になるってことですね?」

「……ま、まあそうね」

「今日は、天様に会いに来られたんですか?」

「え? ええ、そうよ。……案内して下さる?」

「はい! こちらです」


 天くんの部屋に星様を案内する。

 ごゆっくりどうぞと自室に下がろうとしたところで、天くんにお前も入れと腕を引かれた。


 え~。

 折角、許嫁が会いに来てくれたんだから二人きりになればいいのに~。

 星様をチラリと伺う。

 さっきまでの余裕の笑みはどこへやら。

 目がつり上がり髪が逆立っていた。


 ほら~。星様が私のことめっちゃ睨んでるじゃ~ん。

 はあ~。やだな~。気が重いわ……。


 ◇


 誰も言葉を発しようとしない。


「……」


 ちょ、ちょっと、天くん。貴方が私を無理矢理部屋に連れこんだんだから、この重~い空気をどうにかしなさいよ!

 と思うんだけど、天くんは何も言おうとせずに、星様の様子を窺いオロオロしている。

 その星様は私をずっと睨み続けているし。

 私は天くんに早くどうにかしろ~とアイコンタクトを送り続けている。


 はあ~。三すくみだわ……。


 取り敢えず、もう私は星様が天くんの許嫁だと知ってるんだぞ! 私が天くんの正妃になる必要はないって知ってるんだぞ! ということを天くんにアピールすることにした。


「天様、許嫁の星様を、正妃として迎えるための式は、いつ頃挙げる予定なんですか?」


 天くんの肩がびくりと跳ねた。

 星様の熱い視線が私から天くんに移動する。


「……、静香は……正妃にはしない。正妃は……御堂河内、お前だ」


 その瞬間、星様の身体からごうっと炎が噴き上がる。部屋の温度が数度上がった気がした。


 うわあああ。墓穴を掘ったのか私……。

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