第35話 異動(2)

 

 さ~て、掃除掃除っ!

 平安宮へと足を向ける。


 文士堂ウェンシータンを出て、建物の角を左に曲がる。

 と、強い力で、突然私の身体がグッと引かれた。


 ひっ!

 な、なに!?


「やあ、御堂河内みどこうちさん。おはよう!」

「げっ! お、おはようございます……」


 そこには、ニコニコと笑う眼鏡君がいた。

 後ろでは、坊っちゃんが、ただ黙って立っている。

 う、うわぁ。

 イヤな予感しかしないわ……。


「ねぇ、御堂河内さん」

「は、はい……」

「さっきの三文芝居さんもんしばいはなんだろうねぇ」

「え!? お、お芝居……? タオ様、一体何のことでしょう?」

「ふ~ん。僕の声、絶対聞こえてたよね。……まあいいや。今回は、そういうことにしておこうか。でもね、この借りは高くつくよ」


 う……。

 ううぅ。

 バカバカバカ。私のバカ。

 逃げたばかりに眼鏡君に借りを作ってしまったわ……。

 でも、あの状況でどうしようもなかったのよ!


 ハァ~。

 このイケメン眼鏡っ! インケン眼鏡めっ!

 思わずタライを持つ手に力を込める。

 頭を強く打ったら、いろいろと忘れてくれるかしら?

 振り上げて~、振り下ろす。

 振り被って~、なぎ払う。

 どうすれば、効果的にダメージを与えられるかと、頭の中でシミュレーションを繰り返す。


「御堂河内さん?」

「は、はいいぃっ!」

「どうかした?」

「い、いえいえいえ、どうも、どうもしませんよ。ほらっ! いたって元気!」

「ふ~ん……。まあ、いいや。取り敢えず、明日からよろしくね! それを言いたかっただけ。ほらっ。天も何か言ってあげなよ」

「よろしく頼む」

「は、はあ。よろしくお願いします」


 はて?

 なんでしょう?

 なんのことでしょう?


 その場は、それ以上の会話もなく、二人とは別れた。

 二人がこのとき何を言っていたのか。

 それが分かったのは、勤務時間が終わり、寮に帰ろうとしていた時だった。




「御堂河内 美城。明日をもって、ジァン 天成テンチォン様付きの采女ツァィニュを命ずる。詳細は明日の朝、天様のお屋敷に出勤してから聞くように。以上」


 え? ええっ!? えええっ!?

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