第36話 幕間-5


 美城さんが帰ってくるなり、ベッドに顔を埋めた。


「み、美城さん? どうかしたんですか?」


 ガバッと美城さんが顔を上げる。


菊露ジュルちゃああぁ~ん。聞いてよ~」

「は、はい……」


 美城さんの話では、突然異動を命じられたとのことだった。

 異動先は天様付きの采女ツァィニュ

 にわかには信じられない。

 次期『天帝』継承権第一位の天様の采女。

 それは、ここ近年で入宮してきた女官であれば、誰もがまず始めに目指すものだ。

 それを美城さんは、一月も経たずに成し遂げようとしている。

 スゴいを通り越して、恐ろしささえ感じた。

 それなのに美城さんときたら……。


「職場が別れたら、菊露ちゃんと一緒に出勤したり、お昼ごはん一緒に食べれなくなっちゃうよ~」なんて言っている。

 美城さんのことだ。自分がどれだけ凄い場所へ行こうとしているか理解していないに違いない。

 美城さんはどうも抜けているところがある。

 後宮のことや女官の階級などをよく分かっていない。

 ステータスを知らない。

 そこまではまだいい。

 十二刻を知らない。これにはびっくりした。小さな子でも知っている。

 私がいなくて大丈夫だろうか。

 ちゃんと一人でやっていけるだろうか。


「み、美城さん、これは凄いことなんですよ! 誰もが憧れることなんですよ!」

「……そっか、そうだよね。坊ちゃん、社長の息子だもんね。その秘書だもんね。介護施設の運営に直に触れられる絶好のチャンスなのかもしれないね。経営サイドから見て、おじいちゃん、おばあちゃんのために、何ができるのかを勉強できるかもだよね。うん。ありがとう菊露ちゃん! 頑張ってみるよ!」

「あ、はい……」


 美城さん何を言っているんだろう?

 社長? 秘書? 介護施設? 経営サイド?

 もう何が何だか……。

 それでも、元気を取り戻してくれたみたいだから、良しとしよう。



 ――夕飯を食べて、そうそうに寝てしまった美城さんの寝顔を見つめる。


 美城さんは、采女になった。

 近く、正八品から正六品に昇級するに違いない。

 現天帝様は、お身体の調子があまりかんばしくないとの噂も流れている。

 現天帝様が崩御なされた場合、お側に使えし、四夫人スーフーレン九嬪ジゥピン婕妤ジェユー辺りは、慈偲宮ツースーゴンに移るはずだ。

 そうなれば、天子様とともに美城さんが一気に……ということも考えられる。

 そう思うととても遠くに行ってしまうような気がした。

 無性に寂しくなる。

 そっと近づくと、美城さんを起こさないように静かに唇を重ねた。

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