第34話 異動(1)


 翌日、出勤すると、文士堂ウェンシータンの入り口に人混みができていた。


 人いきれを掻き分けて、廊下から尚寝シャンチンのオフィスを覗く。

 そこでは、あのイケメン二人が、私の直属の上司と、指導担当の先輩と、四人で何か相談をしているようだった。

 女官達の出勤時間とも相まって、やいのやいのと大騒ぎになっている。

 天様~、陶様~。

 と、うっとりとした声があちらこちらから聞こえてくる。


 あの二人なにしに来たのかしら?

 昨日の夜、平安宮に案内したし、私への用事は済んだはずよね?

 何か他の用事で来たのかしらね。

 まあ、私には関係ないことだろうし。

 近づかない、近づかない。

 触らぬ神に祟りなしよ。

 眼鏡君と私が付き合っているという噂も、まだ残っているしね……。


 これ以上、みんなに、あの二人と絡む場面を見せるわけにはいかないわ。

 勘違いが勘違いを生む。

 そんな事態は絶対に避けなければ。

 よしっ!

 あの二人に見つかる前にさっさと平安宮の掃除に向かいましょうかね~。

 と、思ってたのに……。


御堂河内みどこうちさ~ん!」


 んげっ!

 め、眼鏡君……。

 ヤバい。さっさとこの場から離れなければっ!


「お~い! 御堂河内 美城さ~ん!」


 眼鏡君のさらに大きな声が追ってくる。

 よ、呼ぶな~っ!

 こんな人の多いところで呼ぶな~っ!

 しかも、なんでフルネームなのよっ!


「ねぇ、御堂河内って誰?」

「ほら、あれよ! 正八品のくせに、陶様と付き合ってるって噂になってる奴」

「え~。それ、ホントなの~?」

「自分でばら蒔いたんじゃない? そうやって、外堀から埋めてくみたいな~」


 そこかしこから、女子の冷たい視線が飛んでくる。

 あちらこちらから聞こえてくるヒソヒソ声は、さっき聞こえた会話とどれも似たり寄ったりのことだろう。


 違う!

 付き合ってない!

 と大声で叫びたくなる。

 でも、ここでそんなことをしても、焼け石に水。


 ここは……。

 逃げの一手よっ!


 何にも聞こえていませんよ~。

 考え事をしながら足早に歩いているだけですよ~。

 周りからは、そう見えるように振る舞う。


 そうしてその場は乗りきった。

 はずだった……。

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