第33話 依頼(6)


 甘い桃のような香りがする。

 もやの中に佇む天女が魅惑的に微笑んだ。


「お久しぶりね! また来てくれて嬉しいわ」

「こんばんわ。あの、もう一人、……友人がドアの向こうに……」

「ええ。知ってるわ。でも、彼とは会わない方がいいと思うの。後で貴女に手紙を渡すから、彼に渡してくれる?」

「あ、はい。……分かりました」


 彼女が入れてくれた紅茶を頂く。

 ダージリンかしら。

 その爽やかな味わいに舌鼓をうつ。


「何か面白い話を聞きたいわ」と言うので、面白いかどうかは分からないけど。

 と、前置きを入れて、髪飾り事件のことを話した。


 そんなに?

 と、言いたくなるほど、彼女が笑い転げている。

 身をよじらせて、苦しそうに息つぎをしていた。


「ウフフフフ、フフッ。ウフフッ、う~、苦しい。う~、お腹が痛い。もうムリ、これ以上は笑えないわ。フフフッ、フフッ、フフフフフ」


 私の黒歴史の一ページになりつつある髪飾り事件が、まさかこんなに好評だなんて。

 早く忘れたいと思っていたから、なんだか複雑な気分だわ……。


 その後も暫くおしゃべりをした。

 紅茶のおかわりを貰う。

 その紅茶がなくなる頃に、彼女が終わりの合図を告げた。


「今日は終わりにしましょうか。そろそろ彼もドアの外で待ちくたびれてるわ」


 あ!

 ヤバい。

 すっかり忘れてた。

 彼女から坊ちゃん宛の手紙をもらい、その場所をあとにする。


 ドアを開け、平安宮の廊下に出た。

 さっきまでの明るい場所に比べて、薄暗い廊下の暗さになかなか目が慣れない。

 やっと暗さに慣れてきて顔を上げる。

 と、目の前には、ロウソクの灯りを受け、不気味な陰影のついた坊ちゃんの顔が浮かんでいた。


 う、うわああぁっ!

 よ、妖怪っ! イケメン妖怪っ!


「誰が妖怪だ!」


 あ、思ってることが口から出てしまったわ。


「で、どうだった?」

「え? 何がです?」

「何がって、お前……。どうやら俺は、そのドアの先に入る資格がないらしい。お前の後から入ろうとしたが、ドアがピクリとも動かなかった。まあ、それはいいとして、御堂河内みどこうち! ちゃんと俺のことを伝えてくれたんだろうな?」


 安心しなさいと何度も頷く。

 ええ、ええ、分かっておりますよ。

 胸の前に、彼女から託された手紙を出す。


「いや~。私、頑張りました。天様を猛烈にアピールして、プッシュしたんですよ。その結果がこの手紙です。どうしましょう? タダで差し上げるのもやぶさかではありませんが、何か見返りがあると、今後のモチベーションに繋がると言いますか……」

「寄越せっ!」

「あ!」


 なんだよ~。

 せっかく貰ってきたのに~。

 私だって頑張ったんだぞ~!

 おしゃべりして、紅茶飲んで、おしゃべりして。

 ん?

 あれ? 何もしてない?

 あれ~?

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