第10話 幕間-1


 美城みきさんが帰ってこない。


 このまま帰ってこなかったらどうしよう……。

 私のせいだ。

 私が、あの大きな男の人にぶつかったから。

 私の身代わりになって逃げてくれたから。


 もう窓の外が暗くなってきた。

 そろそろ寮の門限の時間だ。

 寮長に言うべきだろうか……。


「門限ギリギリまで遊び歩いてるなんて御堂河内みどこうちさんは、後宮の女官に相応しくありません!」なんて言われて追い出されたりしたら……。

 そう思うと、なかなか足が動かなかった。


 こんな時、美城さんだったらどうするだろう?

 と、美城さんの姿を思い描く。


 ブラウンのミディアムヘアがキラキラときらめく。

 キメの細かい白い肌は、絹のよう。

 パッチリとした二重の目。

 宝石のように輝くグレーの瞳。

 スゥーッと筋の通った鼻。

 魅惑的な唇。

 それらを全て併せ持つ、その整った顔立ちは、女の私から見ても、ため息が出てしまいそうになる。

 今まで生きてきた中で、あんなに綺麗な人は見たことがなかった。


 これから一緒の部屋で暮らせるなんて夢かと思った。

 市場で一緒に買い物をして、お揃いのシュシュまで買って貰った。

 こんなお姉ちゃんがいたら、どんなに素敵だろうと思った。


 こんな時、美城さんなら……。

 探しに行くに違いない。

 私のことを懸命に探して探して探しまくって、見つけたあとで、大して探してないよって、笑って言うに違いない。


 ……行こう!

 美城さんを探しに!


 靴を履き、寮の玄関を出たときだった。


 カポッ、カポッ、カポッ、……。

 ガラガラガラ……。


 遠ざかる馬車の音が聞こえた。

 馬車なんて、よっぽどの高貴の方でなければ持っていないはず。

 こんな正六品にも満たない宮官きゅうかんの寮の前を通ることなんてないはずなのに。

 首を捻りつつも、美城さんを探しに行こうと、雑多市場ザドゥシーチャンに足を向ける。

 と、そこには私を見てニカッと笑う美城さんがいた。


 嬉しくて笑おうとしたのに。

 笑顔で「ありがとう」と「お帰りなさい」を言おうとしたのに……。


 涙が溢れて止まらなかった。

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