第9話 出会い(5)
「坊ちゃま。この方が道に迷われておいででして」
「爺! 坊ちゃまは、よせと言ってるだろう!」
照れているのか。
怒っているのか。
そのイケメン坊ちゃまが、私をチラリと見る。
「……フンッ! ほっとけ! 行くぞ爺」
興味なさげに、そう吐き捨てると、さっさと馬車に戻ろうとする。
「なっ! ちょっとアンタ。待ちなさいよ!」
馬車のドアを開けようと伸ばしていた手がピタリと止まる。
ぐるりとこちらに振り向いた坊ちゃまは怒りに震えているようだった。
「……俺に何か用か?」
「貴方に用はないけどね。困っている人を助けることもできない度量の狭い男はモテないわよ」
「フンッ! お前のようなあばずれ女がどうなろうと誰も気にしないだろう。
「そんなこと言ってる男に限って、女に泣きついてきたりするのよね。ママーってね。ね、坊ちゃま」
ギリギリギリ……。
ドアノブを持つ手が震えている。
「
「黙れっ! また、爺の説教か! 父上と言い、
――バタンッ!!
ドアの閉まる激しい音のあとには、耳が痛くなるほどの静寂が続いた。
そのしじまを破り、申し訳なさそうなダンディボイスが頭上から降ってくる。
「お嬢様。宜しければ私の隣の席が空いております。本来、お客様をお乗せするような場所では御座いませんが、天様があのご様子ですので……」
「いいんですか? あとで、怒られたりしませんか?」
「大丈夫で御座います。天様は、本当はお優しい方なのです。今日は少し虫の居所が悪かったのでしょう」
「……すいません。じゃあ、お願いします」
シルクハットのダンディなおじいさんの言葉に甘える。
私、このまま一生、寮に帰れないんじゃないかしら。
そう思うくらい八方塞がりになっていたから、本当に有り難かった。
「どちらまで参りましょう?」
「あの……、『後宮』という介護施設の寮をご存知ありませんか?」
「ああ。後宮で御座いますか。丁度、我々も向かおうとしていたのです」
うわー!
ラッキー!
心の中で喝采を上げる。
本当は、叫びたいほど嬉しかった。
ただ、あまり騒ぐと車両の中にいる坊ちゃまが、また怒り出すかもしれない。
その思いが私の口を重くさせる。
馬車が進み始めたあとも、重い口をなかなか開けることができない。
何か喋った方が良いよね?
でもな。
どうしようかな。
なんて考えているうちに見覚えのある建物の前に到着していた。
「本当に助かりました。どうもありがとうございました。あの、……坊ちゃまに対して余計なことを言って、すいませんでした」
「いえいえ、良いのですよ。どうかお気になさらず。それでは」
もう二度と会うことはないだろう。
特別、会いたいとも思わないしね。
これが、第一印象最悪な「彼」との初めての出会いだった――。
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