エピローグ 新たな始まり

「お前……、誰だ?」


 困惑したような眼差しで問いかけられ、龍二はニヤッ笑って手の中のものを詩音に投げ渡す。


 ビクッと反応しながらも詩音は受け取る。

 それは炭酸飲料の入った缶で、主体の赤にシンプルな白を乗せるというデザインの表面には、まだ水滴がついていて少し冷たかった。


「いつ分かった?」


 同じ炭酸飲料の缶を片手に持ちながらフェンスにずるずると腰を下ろし、龍二は問いかける。

 硬い表情をしていた詩音は遠慮がちに隣に座って答えた。


「手合わせした時から。最初はちょっとした違和感だったけど」


 詩音の答えに「ふーん」と言いながら龍二はプルタブを開ける。

 そんなマイペースな彼に詩音は再び問いかけた。


「お前は、一体誰なんだ?」

「……そうだな。アイツの影――大神龍一とでも名乗っておこうかな」


 そう龍二改め、大神龍一は言ったが言葉の意味がいまいち掴めず詩音は狐につつまれたような顔をする。


「まぁ、多重人格みたいなもんだよ。大神龍二の体には二つの人格が宿ってんだ。正確に言えば、もっと事情は複雑なんだがな」


 唐突な情報と話の展開についていけず、まだ怪訝な顔をする詩音。

 龍一は重ねて言った。


「ヒーローに憧れたことは? フィクションの登場人物を見て、こうなりたいこうしたいと思ったことは?」

「それは……もちろんあるけど、それが?」

「俺はそういう偶像だよ。大神龍二という人間が憧れ、欲し、けど手に入れることのできなかったものの集合体だ」

「アンタも能力者なのか」


 龍一は首を横に振る。


「正確には違う。能力を持っているのは俺じゃない。龍二アイツだ。俺はアイツの能力から生み出された副産物にすぎない」


 答えてから龍一は苦笑してから炭酸を口に含む。


 自分が本来の人格とは違うことを説明するのは自分でだって難しいのに、そこに普通の人が持たない能力が関わってくるともはやなにがなんだかわからない。

 実際説明されている詩音はピンと来ていないようでキョトンとした顔をしている。


「龍二の能力は言うなればコピーとペーストだ。見たことをコピーして誰かに付与する。だけど自分自身には付与できない――付与する対象が必要なんだ。で、アイツはとあることが原因で自分と違う存在を望み、俺を生み出した。そして能力を付与し続けた。無意識にな。お陰で俺はアイツの思い描く理想に近い存在になった」


 詩音は噛み砕くように龍一の言葉を聞き、少し間をおいてから口を開いた。


「お前が龍二の隠れた人格っていうのはわかった。そのとあることって、あの副会長となにかあったのか?」

「よくわかったな。正解、いい推理だ」


 一瞬でその答えに至った詩音に苦笑しながら龍一は首元に手をやる。


「俺もお前と同じなんだよ。大切な友人の信用――俺の場合は冬川のだな――を裏切った。だから龍二の中に龍一が生まれたんだ」


 龍一はそう締めくくり詩音はその顔を覗き込む。

 二人の間に無言の空間が生まれ、居心地の悪くなった詩音が訊ねる。


「ボランティア部の奴らはそのこと知ってるのか?」

「あぁ、知ってるよ。ついでに言えば能力者は部内では俺と理久だけだ。他はみんな普通の人間だよ」


 さらっと言われた初耳の情報に詩音は驚いて固まる。


「なんだそれ、聞いてないぞ」

「別に言う必要もないと思って言わなかったからな」

「じゃあ、私だけ能力を明かしたのはフェアじゃない」


 肩をすくめてなんでもないとばかりに答えると詩音はムッとした表情で申し立てた。

 つまり、あの顔合わせの時点で詩音以外のメンバーは全て把握していたということである。


 特に悪びれる様子もなく龍一は言った。


「悪かったよ。でもな、切り札ってのは出す瞬間に見極めなきゃただの紙クズと一緒だろ。お前がもし死ぬほど嫌がったら、俺は自分の暴露しただけになっちまう。だから能力者にしか能力を使えない理久のことだけを教えたんだ」

「……やっぱり、私はお前が嫌いだ」


 そう言って詩音はますます不機嫌な表情になり、鬱憤を晴らすようプルタブを開けて一気に中身を飲む。

 そんな彼女を見ながらイタズラっ子のように無邪気に笑う龍一はポツリと呟く。


「そうか? 俺は好きだぜ、お前のこと」


 直後、詩音は盛大に口に含んだ炭酸飲料を吹き出した。


「ゲホッゲホッ……お前ッ! な、なに言って……ッ!」


 咳き込みながら詩音は龍一を睨みつけて文句を言ったが、その顔は真っ赤で、目も泳いでいる。

 面白い反応を返してくる詩音を見て、龍一は吹き出して笑ったが、ある程度落ち着いたところで口を開く。


「もっともこれは龍一俺自身の意見で、本当の俺がそう思ってるのかは知らないがな。ついでに言えばお前もだが、その反応なら俺の心配は杞憂みたいだな」


 からかうつもりでそう言ってみたのだが、詩音は突然なにかを考え込むように黙り込んでしまう。

 その変わりように龍一は怪訝な顔になる。


「どうした?」

「詩音でいい」

「……え?」

「いつまでもお前とかアイツって呼ばれるのは癪だ。だから詩音でいい」


 照れ臭そうに視線を外して詩音は言い、龍一は彼女の発言に一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべて手を差し出す。


「いいぜ、じゃあこれからもよろしくな。詩音」


 詩音は龍一から何度か視線を逸らしたが、おずおずとその手を取ったのだった。



◆◆◆◆◆



 最終話まで読んでいただきありがとうございます!


 龍二と詩音の活躍がもっと見たい!

 龍一の見せ場をもっと!

 バトルシーンが手が込んでて良かった!


 と思いましたら、ぜひ★評価とフォローお願いします!


 そして、よろしければもう一作!

 戦う迷彩小説家――森川蓮二の小説を読んでいただけるととても嬉しいです!



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