第44話 すべてが終わったあとに 2/2

 扉を開けた詩音はうだるような熱気と青空に出迎えられた。


 遠くには大きな入道雲の浮かんだ青空。

 風化によって少しざらついた地面。

 四方を囲うように設置されたフェンス。


 以前見たときとなにも変わっていない、平穏な学校の屋上だ。


 六坂北高校の屋上で時折吹く涼しい風に髪をはためかせる詩音の顔には殴られた青あざがまだ痛々しく残っており、制服に隠れているものの切られた右腕には包帯が巻かれている。


 時間は十時過ぎで学校はすでに始まっている。

 校内では生徒が授業をしているのだろうが、ケンカ明けの詩音はこうして堂々をサボりだ。


 だが、この場所を気まぐれに訪れたわけではない。

 少し前に詩音の端末に龍二からメールがきたからだった。


 送られてきたメールには「学校の屋上で待つ」という味気のない事務的な一言しかなかったが、詩音は疑うことなくこうして朝一番に登校し、屋上への扉の前へと赴いていた。

 しかし誰の姿もなく呼び出しておいて遅刻とはいいご身分だ、と内心で思いながら屋上を歩く。


「よぉ、早かったな」


 数歩歩いたところで上方から声が聞こえてきて振り返る。

 見ると、詩音の出てきた塔屋のさらに上に設置されている給水塔からニョキっと手が伸びていた。


「いたのか。なんでそんなところに?」

「俺は給水塔の上ここが好きなんだよ。落ちそうで落ちない浮遊感。これこそがサスペンスだ」


 そううそぶきながら、上部のくぼみにいた龍二は体を起こして給水塔の上から飛び降りる。


 給水塔から屋上の地面までは足がすくむような高さがあるが、龍二は足をたわませてうまく衝撃を吸収した。


「傷はもういいのか?」

「よくはない。見ての通りだ。お前こそ大丈夫なのか?」

「へっ、別に大したことはねぇよ。ただのかすり傷だ」


 こめかみの絆創膏を撫でて龍二はそう言う。

 詩音は問いかけた。


「なんで私の連絡先を?」

「お前ん家行くときにサナカナから貰ったメモに書いてあったんだよ。電話でもよかったんだが、授業中だと悪いと思ってメールにしたんだ」


 龍二はそう釈明して肩をすくめる。

 確かにそれなら教えていないはずの詩音の連絡先を知ったのも合点がいく。

 龍二は続ける。


「呼び出したのは事後報告だよ。まぁ、あの後どうなったのか詳しく知らないだろ」


 昨日の事件でゼロワンが去った後、警察はすぐにやってきた。


 詩音は事情を説明するために残るつもりだったのだが、龍二たちの説得と夜も遅いという警察官からの配慮もあって、詩音を含めた女性陣はパトカーに乗せられ一足先に帰宅したのだ。


 なので、あの後龍二たちがどのような説明をしてどのような処分受けたのか知らないのである。


 龍二は端の方に移動し、背中をフェンスに預けてボランティア部に対する処置からを話しだした。


「まずボランティア部に関するお咎めは今回は無しだそうだ。まぁ、正当防衛ってことにしてもらったが、ウチの警察署長の姉貴の口添えってのが大きいな。癪なことだが」


 そう言って龍二は眉間に皺を寄せたが、詩音はほっと胸をなでおろす。


 自分のせいで協力してくれたみんなに迷惑がかかるのは望むところではない。

 詩音も詩音なりに心配だったのだ。


 次に、ゼロワンの手下の処置を龍二は話してくれた。


「お前を襲った奴らは全員六区にある学校の連中だった。学校はバラバラだが、ゼロワンの能力で操られていたらしく俺たちを襲ったときの記憶はないそうだ」


 龍二たちを襲ったゼロワンの手下たちはボランティア部の面々のせいで手酷いケガを負っていたので警察より先に病院へと送られていた。

 幸い、そこまでの重傷者もおらず数時間ほどで意識を取り戻したそうだが、廃工場でのことは誰も覚えていなかったそうだ。


「今回の一件で洗脳された手下たちは全員退学処分になるそうだ」


 簡潔な言葉に詩音は驚いたように目を丸くする。


 洗脳されて戦わされていたのだから彼らは立派な被害者で情状酌量の余地があっても良いのではないかとでも思っていたからだ。

 龍二は続ける。


「襲ったのは六区の連中はどいつも退学まで首の皮一枚で逃れていた奴ばっかりなんだ。仕方ねぇよ」


 六区にある学校は他の区に比べて偏差値も低い。

 そのため各区の問題児たちが自然と六区に集まるようになっており、六区は不良の街として非常に有名だった。


 だが、彼らの学生生活というものを壊してしまった一端が自分たちにもあることは自覚しているし、罪悪感がないかといえば嘘だ。


「ゼロワンは?」

「ゼロワンは……いまだ逃走中だ。昨日の今日だからそんなすぐにわかることじゃないがしばらくは出てこないだろう」


 まだ十二時間も経過していないので警察もそこまで派手に動いてはいないだろうが、ゼロワンが捕まらないだろうとはなんとなく思っていた。


「でも、今回の一件でゼロワンが能力者であると確認された。警察の能力者対策室も動いてくれるらしい。一年前の事件も再捜査してくれるそうだ」

「そう……」


 龍二の言葉にそっけなく答える。

 念願の事件の再捜査が始まるというのにいまいち晴れやかな顔は出来ず、詩音はひとつ気になっていることを聞いた。


「……なぁ、ひとつ聞いていいか?」

「なんだ?」

「お前……龍二アイツじゃないだろ」


 不意な言葉に龍二は体を固め、ゆっくりとこちらを見た。


「お前……、誰だ?」


 困惑したような眼差しで詩音は問いかけた。

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