第42話 乱戦 2/2
ゼロワンを追った詩音は持ち前のパルクールを生かしたショートカットでその背中に追いつき、跳び箱を飛ぶ要領でパイプを飛び越えて勢いのまま蹴りを見舞う。
「ハァッ!」
気配でそれを察知したゼロワンは寸前で体を半回転させながら腕を上げて頭をガード。
流す動作でキックの勢いを殺した。
「やっぱり追ってきてくれましたか。嬉しいですよ」
着地した詩音を見て、ゼロワンは狂的に笑いながらナイフを取り出す。
警棒を失っている詩音は龍二と屋上でやりあったときのようにボクシングのような構えを取る。
素手による格闘も警棒ほどではないが心得があるのだ。
「逃すわけが……ないだろうがッ!」
そう言って距離を詰め、低い姿勢からアッパーカットを繰り出す。
ゼロワンは上体を逸らしてそれを避け、そのあとの詩音の連続攻撃もステップを踏んで的確な距離で躱していく。
逆に少しずつ詩音のペースに目が慣れ始めると、ゼロワンは詩音の攻撃を躱しつつ、その合間にハチのように鋭いカウンターを放つ。
詩音もそれを腕で防いだり躱したりしたが、それも徐々に苦しくなっていく。
「どうしました? あなたの信念はそんなものなのですか?」
「黙れッ!」
感情のままに答えた詩音のパンチがややストレートな軌道を描く。
ゼロワンはそれを見逃すことなく、突き出された右腕の下に自分の腕を滑り込ませて弾き、ガードの緩くなった詩音の胴体に向けて今度はナイフを持つ右手を突き出した。
まずいッ。
本能的に感じた詩音は突き出される腕の軌道を横へと逸らす。
だが反応が遅かったせいでナイフの刃先が右腕を掠めた。
「ッ……!」
一瞬のナイフの冷たさの後に焼けるような痛みが脳へと届き、歯を食いしばりながら距離を取る詩音。
そんな彼女に対し、ゼロワンはウォーミングアップだとばかりに涼しい顔をしながら、フードの奥にある瞳で詩音をじっと見つめる。
「あなたじゃ僕には勝てない。力不足です。なんとなくわかっているでしょう。早く折れてくださいよ。僕はあなたの心が砕けるところが見たいんだ。だから早く……そんな顔を見せてくれ」
「はッ、お前みたいなイカレた奴に見せる表情なんてないッ」
「そうだぜ。お前こそさっさとこの場から退場しやがれ」
反抗する詩音に加勢するように声がかかり、彼女の背後から飛び出した影がゼロワンに襲いかかる。
ストレートのパンチが迫り、ゼロワンはガードするが影は飛び出した勢いを使ってそのまま扉を蹴破るように吹っ飛ばした。
駆けつけた影――龍二は彼女に手を差し出す。
「立てるか?」
「バカにすんな」
「それだけ減らず口を言えるなら充分だ」
ふっと笑いながら龍二が横目で見ると詩音も同じようにアイコンタクトを返す。
身長も、性別も、性格もなにもかもが違うはずなのに、いまの二人の間にはなんとなく心が通じている。
次に取るべき行動が互いに理解できていた。
そんな並んで立つ二人を見て、ゼロワンは不機嫌な表情をする。
「またですか。あなたは僕の邪魔ばかりしてくれますね」
「生憎、人の邪魔をするのは得意なもんでね。ここからは俺が相手だ」
「私たち、でしょ」
龍二の言葉に詩音がそう付け加えて隣に立つ。
実際は満身創痍な癖にまるでなんともないとばかりな表情をする詩音に苦笑をしつつも、龍二は拳を固める。
「さぁ、こっからは第二ラウンドだ。始めようぜ」
まず最初に仕掛けたのは龍二だった。
距離を詰めて挨拶代わりのパンチを見舞う。
ゼロワンはもちろんその攻撃をいなすが、すぐにもう片方の拳が飛んできてそれをガード。
しかし今度は膝蹴りが飛んでくるという龍二の近接格闘攻撃の応酬に驚いたように目を向ける。
「随分と戦い慣れていますね。本当にさっきの人と同一人物ですか?」
「あぁ、姿形を見ればわかんだろ。なんなら殴って試してみるか? まぁ、殴れればの話だけどな」
パンチを受け止めた姿勢のままゼロワンの言葉に龍二は挑発気味で言葉を返す。
「ついでに言っておくが、いま戦ってるのは俺だけじゃねぇぞッ!」
拳を強引に引いて龍二が下がると、詩音がその背中を飛び越えて膝蹴りをかましてくる。
死角からの攻撃に咄嗟に腕を胸の前で交差させたゼロワンだが、助走のつけられた飛び膝蹴りの威力は相当なもので後ろに倒れるように一回転してやっとその勢いを殺しきった。
「今度は私の番だ……」
呟くと同時に詩音は蹴りで開いた距離を早歩きで詰め、拳を振りかぶる。
ゼロワンが攻撃を避けてその合間に攻撃を挟もうとするが、詩音はその隙を把握し、当てては少し離れのヒットアンドアウェイで戦う。
手負いでさっきより技のキレが落ちているはずなのに、詩音の攻撃挙動にはかなりの瞬発力があった。
距離を取った詩音がスライディング姿勢でゼロワンに近づき、その足を払おうとする。
後ろへ飛びのくことでゼロワンは避けたが、その間隙を埋めるように龍二が支柱を蹴って斜めから飛びかかる。
それに対応するため右手のナイフを繰り出してくるも詩音が直前に能力を発動。
攻撃を避けられる死角へと移動して妨害し、再び龍二が打撃を加える。
まるで長年友の戦ってきたかのような完璧な変則的攻撃。
二人の奏でる見事な
そして取っ組み合ったような状態から龍二はゼロワンを突き放す。
「いまだッ、やっちまえ!」
龍二の声に背中を押されるように詩音は彼の隣から飛び出し、渾身の蹴りを見舞う。
ガードもできず、真正面からその蹴りを受けたゼロワンはそのまま後ろに吹っ飛び、タンクの壁面に背中を強打して力なく膝をついた。
「はは……はははっ! いい……実にいい! 最高ですよ! もっとだ、もっと僕を――」
息を吐きながら、興奮気味に言葉を吐き出すゼロワンの動きが一瞬止まる。
龍二と詩音は怪訝な表情をしたが、ゼロワンは立ち上がると落ち着きはらった声で答えた。
「もっと楽しみたいところなんですが、今日はこのぐらいにしておきましょう」
「逃げるつもりか」
「えぇ、厄介なのが来てしまいました」
ゼロワンが割れた窓に視線を移す。
すると、遠くから微かにパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
「いずれまた仕切り直して戦いましょう。それでは
「あ、待てッ……」
詩音が言い切る前にゼロワンはタンクの影へと消えていく。
まるで初めから存在しない幽霊のように。
怒りの矛先が消えたことに立ち尽くす詩音の肩を龍二が掴む。
「今日はもうやめとけ」
「やめられるわけないだろ! あと一歩だったん……ッ!」
言葉の途中で詩音は突然顔を歪めて膝をつく。
見ると、押さえた腕のスキマから少量ながらに血が滴っている。
戦っているときは忘れていたが痛みが戻ってきたのだ。
「それみろ、ボロボロじゃねぇか。そんなんでまともに戦い続けられるわけねぇだろ」
言わんこっちゃないとばかりに龍二は言って、膝をつく彼女に手を差し出す。
「別に奴を追うのなら再戦の機会だってあるはずだろうさ。今日はもう帰ろう」
優しい笑みでそういう龍二に詩音は不服そうな顔をしたが、差し出された手を取った。
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