第41話 乱戦 1/2
いや、一人馬面じゃん。
いっそのごと鹿の被り物被って「馬鹿軍団」って名乗った方が潔いわ。
そんななツッコミをさせる暇もなく、オオカミ集団は手始めに手に持ったロケット花火を一斉に着火し、宙にばら撒く。
着火された状態で放たれた花火たちは、ピューッと独自の音を立てながらゼロワンたちに襲いかかる。
派手な爆発に男たちが本能的な恐怖を感じて怯み、その隙に床に転がっていた鉄パイプを拾った盾オオカミが突っ込む。
「オラァッ!」
覇気と共に詩音の周囲を固めていた男に殴りかかり、追随する素手オオカミは体を使って手下二人の動きを封じた。
時々無作為に飛んでくるロケット花火に気をつけながらその様子を見ていた詩音だったが、混乱の中拘束が緩んだ瞬間を狙って男たちを裏拳で殴る。
拘束を解いてしまった男は再び詩音を抑え込もうと迫ったが、その影が痙攣しながら倒れる。
そして詩音の視界に忽然と馬面が現れた。
「大丈夫か。助けに来たぞ」
目の前に現れた馬面にビクッとしつつも、肩を貸される形で入り口のほうへと連れて行かれる。
「あーッ、もう! 暑いし邪魔ッ!」
振り返るとオオカミの被り物が無造作に地面に捨てられており、髪を跳ねあげた目つきの悪い大我が鬱陶しそうに怒鳴っていた。
「阿呆。早速被り物を脱いでどうするんだ。せっかく面が割れないようにしているのに」
「しゃーねぇだろ! 被ってたら蒸れるし敵が見えにくくて戦いづれぇんだよ!」
怒鳴り返しながら大我は鉄パイプを振り回して暴れまわる。
その暴れっぷりはまさに怒れる野生の虎のようだ。
そんな彼らの様子を見て、詩音は遅ればせながら珍妙な闖入者たちの正体を悟る。
「もしかしてボランティア部の……」
「ご明察だ、歩くぞ」
馬面は頷きながら詩音に肩を貸して安全地帯である入り口付近まで退避する。
入口近くにある木箱の裏には葵がおり、倒れていた龍二の傷の手当てをしていた。
「龍二の傷は?」
「大丈夫。こめかみを切っただけみたい」
馬面を脱いだ理久の言葉に答えつつ、葵が濡れたハンカチを傷に当てると龍二は小さくうめき声をあげる。
「よし、それならいい。良かったな死ななくて」
「簡単に死んでたまるかよ……」
血が入ったのか、片目を閉じた状態の龍二は減らず口を叩く。
「サナカナは花火で敵を牽制。優は一旦引いてバーディーに指示を出して遊撃させろ。大我はそのまま派手に暴れろ!」
「わかった! 大我ここは頼む!」
「おうよッ! 滾ってきたぜ!」
理久の指示に優と大我が頷き、それぞれに動き出す。
葵の近くにいたシェパードのバーディーは心配そうに龍二の前に進み出てくる。
「僕は大丈夫だから行ってこい」
龍二の言葉を理解できたのか、バーディーはワンと吠えると、そのまま優の元へと走っていく。
それを見届けてから龍二は反対側で泣きそうな顔になっている詩音を見た。
「よぉ、大丈夫か……」
「大丈夫なわけないだろ……なにひとりで突っ走ってるんだよ。人の心配する前に自分の心配しろよ。心臓止まるかと思ったんだぞ!」
「はは、悪い。まさかあんな速攻で手を出されるとは思ってもみなかったからさ」
「馬鹿だ。お前は大馬鹿野郎だ」
詩音はそう言って苦笑いを浮かべる龍二の胸をボスボスと叩く。
いままで気丈な態度を取ってきた彼女から涙目混じりでそう言われ龍二は困ったような顔をしたが、自分の独断で彼女を心配させたのは事実だ。
なので割と胸に響く強めのパンチも甘んじて受け入れた。
やがて平静を取り戻した詩音は鼻をすすりながらなんでもなかったように訊ねる。
「逆にお前こそ、大丈夫じゃないだろ」
「確かに、大丈夫……とは言い難いな。血まみれだし、頭も痛い」
「そもそもお前、なんでここに……?」
ふと思い浮かんだ疑問を詩音は口にする。
確かここに来る直前に龍二と話した時、詩音は行き先など告げることなく腹パンを見舞ったはずである。
なので、居場所など知るはずもない龍二がここにたどり着くのは不可能なはずだ。
そんな詩音の疑問を理解した龍二は納得したとばかりに声を上げる。
「どうせ僕の説得じゃ引き止めるのが関の山かもなと思って、もしもの時のために理久から借りたんですよ」
そう言って、龍二は詩音の襟元に手を入れる。
突然首元に伸ばされた手に詩音はドキッとしたが、引っ込められた彼の手にあったのはボタン電池のような小型の機器だった。
「お守り代わりの発信機。これのおかげでここにいるのがわかったので理久たちを緊急招集したんです」
彼女に鳩尾を狙ったパンチを見舞われた直後、龍二はとっさに発信機を取り付け、そのシグナルを追いながら理久たちに応援を頼んでいたワケである。
それを聞いて詩音はやっと龍二がここまでこれたことに納得できたが、盗聴器を仕込まれていたと思うといまひとつスッキリしない。
「あっそう。殴られたのに私に無断で発信機をつける暇があったのね」
「……もしかして怒ってる?」
「怒ってない」
明らかに不満そうな顔をしてそう言う詩音の感情が分からず、龍二は怪訝な表情をする。
そうして二人がラブコメを展開している間にも、大我や優たちはゼロワンの手下相手に健闘していた。
優が大我から受け取ったポリカーボネート製の盾で敵を押さえこみつつ、大我が鉄パイプを振り回してダイナミックに暴れ、そこから漏れたぶんをバーディーが牽制する。
そしてサナカナは龍二たちがもたれかかった木箱の上から相変わらずロケット花火を乱発していた。
「にゃはははッ、たーのしー!」
「うわッ、あぶねッ! どこ見て発射してんだ!」
「す、すいませーん!」
「誤射にゃ、誤射」
「あつッ、あつッ! 馬鹿やめろ! 誤爆してんだよ、ボケーッ!!」
「匙を投げる前に手榴弾を投げろってよく言うだにゃ〜!」
「言わねぇーよッ、バカヤローッ!」
まったく聞く耳を持たないサナカナに対し、大我がキレながら怒鳴る。
まぁ、花火投げつけられてキレない奴はいないだろうし、そもそも仲間内で争ってどうすんだよ……と目の前の阿鼻叫喚な光景を見ながら詩音は、内心で突っ込む。
そうして戦場ともサーカスともとれるような混沌な廃工場で詩音はいつのまにか物陰に避難していたゼロワンの姿を目に止める。
向こうも同時に詩音に気づいたようで口元に笑みを浮かべて背を向ける。
「ッ……逃すかッ!」
「おい、単独行動するな!」
理久の制止も聞かず詩音はそのまま走り去ってしまう。
遠くなる背中に龍二は手を伸ばしたが気力で繋ぎ止めていた意識がプツンと途切れる。
「龍二? 龍二、しっかりして」
「どうした?」
「わかんない。急に意識が――」
訊ねられた葵が答えながら龍二の肩を揺する。
だが龍二は無反応だ。
「あぁ、これはスイッチ入ったかもな」
様子を見ていた理久がそう言った途端、龍二の目がカッと開き、何事もなかったかのようにスクッと立ち上がる。
「理久、ここ頼むわ」
「あ……あぁ、お前は?」
「俺は……あのバカを止めてくる」
そう言って龍二は、詩音の後を追って理久たちから離れた。
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