第39話 救いの手 1/2
廃工場。
警棒を手に猛々しく戦っていた詩音は荒い息をして追い詰められていた。
その周囲を操られた男たちが固めており、ゼロワンは相変わらず指揮者のように手を小刻みに動かしている。
圧倒的に不利だ。
彼らと適度な間合いを保ちつつも詩音は内心で思う。
男たちは詩音の健闘でその人数を半分ほどにまで減らしており、取り囲んでいるメンバーの中にも顔に痣を作っていたり鼻血を流している者もいる。
単純に数が多いというのもあるがどれだけ打撃を与えても男たちはうめき声ひとつも上げることもない。
まるでゾンビと戦っている気分だ。
そんな相手と戦っているせいで、最初から不利な戦況はいまでは圧倒的な窮地へと姿を変えていた。
「あれだけ吠えてましたけど、やっぱり無理でしたね」
ゼロワンが期待外れだとばかりに漏らす。
フードの奥から覗く瞳を詩音は睨みつけるが、彼は至って涼しい顔で流した。
向こうは余裕がある分、戦況を詩音よりも把握しているはずだ。
それでも手を緩めないのは詩音に敗北を認めさせようとしているのだろう。
詩音は余裕なゼロワンから男たちに意識を戻す。
男たちはゼロワンによって洗脳されており、その証拠にいくら攻撃しようとも戦闘不能になるまで向かってくる。
ついでに言えば詩音がダメージの通りやすい間接部分などに打撃を加えてもお構いなしだ。
詩音にとってはそれは厄介だったし、まるでゾンビのように無言で向かってくる姿も不気味だった。
そう考えている間に詩音の真横あたりにいた男が飛びかかってきて詩音は体を動かして回避。
それを皮切りにパンチやキック、飛びかかりなど次々と男たちが攻撃を加えようとしてくる。
詩音はギリギリで攻撃を避けていたが、気の緩んだ瞬間にひとりの男に足首を掴まれ、男たちに取り押さえられてしまう。
必死にもがくがさすがに数が多すぎだ。
結局は武器である警棒を奪われ、逃げ出すことも出来ずに悔しそうに唇を噛む。
「なかなかに抵抗しましたね」
勝負はついたとばかりにゼロワンはそう言って腕を降ろし、捕らえられた詩音の前へと歩みでてくる。
詩音はこれでもかというほど鋭く彼を睨みつけた。
「この状況でまだそんな目ができるのは素晴らしいですね」
「ほざいてろ。すぐにお前を倒してやる」
「取り押さえられた状態でなにができるんです。武器も取り上げられてこれ以上打つ手はありますか?」
「知ったことか。あったとしてもお前に言うわけないだろ」
そう強がってみせたものの、確かにゼロワンの言う通りだ。
体は男たちに拘束されているし、警棒も取り上げられてしまったのでこの状況をどうにもすることができない。
どんどん苦しくなる状況は詩音の心にも影響を与えており、心が「助けて」と叫びたがる。
だが、自らの強さや日奈子への責任、誓いを立てた己自身でそれを押さえつけた。
「怖いんでしょう」
ふと唐突に聞こえたゼロワンの呟きに詩音は首を絞められたように息を詰める。
「あなたは自分ではどうにもできないこの状況に恐怖を抱いている。怖い、辛い、逃げたい……そんな気持ちで一杯なんじゃないんですか」
「違う……私は、そんなことは思っていないッ!」
強がりだった。
事実ゼロワンの指摘は当たっていたし、裏付けるように詩音の声は震える。
行き場のない気持ちは体の中で加速し、気丈で何者にも流されない強い自分という仮面が剥がれそうになる。
詩音の感情を手に取るように理解しているとばかりにゼロワンは狂的な笑みを口元に浮かべた。
「口先だけなら簡単です。だが、戦っている間に折れなかったのは想定外です。やはりあなたは僕を楽しませてくれる。だけど、これで終わりです」
一方的にそう言ってゼロワンはどこからともなく折りたたみ式のナイフを取り出す。
その刃が僅かな月明かりを反射するのを見ながら、詩音は息を詰める。
同時に思う。
どこで道を間違えたのだろう。
どちらにしてもここで終わってしまうことには変わりない。
なら大人しく終わることを受け入れよう。
そうしていまにも詩音にナイフが向けられようとした時、カツカツと足音が聞こえてきた。
音に反応して詩音がそちらに目だけを向けるのと同じように足音が耳に入ったゼロワンも手を止め、音のする方に目を向ける。
「楽しそうだね、僕も混ぜてもらえるかな」
全員の視線を集めながら足音の人物――大神龍二は現れた。
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