第1話 地獄の始業式 1/3
夏休みの約一ヶ月というのは学生からすればバカンスだ。
学校に縛られない貴重で自由な時間。
もちろん部活などに励む者もいるが基本的には学校という監獄から逃れられるハッピーライフ。
そして誰もが思う。
こんな非日常がいつまでも続けばいいのにと。
だが残念ながら非日常は日常があるが故に存在するのであって、非というからにはそちらの期間の方が短いことは言うまでもない。
そして六坂北高校の生徒たちの幻想を打ち砕く最初の儀式はグラウンドで行われる始業式だった。
「……長い、このまま文化祭まで話し込む気か」
オモチャの兵隊のように全校生徒が学年ごと、クラスごとに並べられた集団の中で大神龍二はうんざりしたようにボヤく。
彼がいる六坂北高校のグラウンドは山の斜面を利用して作られた敷地内で一番高い場所に位置しており、周囲を森の深い緑に囲まれている。
そのため、端の方は森から漏れる涼しい空気と日陰の恩恵を受けられるのだが、直射日光の降り注ぐグラウンドでは無縁の話だ。
そんなところに集められた半袖Yシャツと生地の薄い夏服ズボンという姿の全校生徒はお偉い方の挨拶などをかれこれ二十分以上も立ちっぱなしで聞かされていた。
すでに何名かが貧血でリタイアしており、大多数の人間がいい加減黙って聞くのにも飽き飽きしている。
龍二もその一員だ。
「もしかしたら年越しまでかもな」
「それは流石にやだなぁ。卒業までには終わって欲しい」
ふと背後からそんな声が聞こえて振り返る。
二人の少年が似たような表情をして棒になりそうな足をプラプラと遊ばせていた。
「文化祭の前に体育祭があるだろ」
冗談に乗った龍二の言葉に知的な感じの少年――山科理久がメガネを押さえて補足する。
「その時はまた校長の挨拶だろうな」
「げっ! エンドレスじゃん!」
「そこ! 静かに」
眉間に皺を作りながら片目を前髪で隠した少年――佐藤優に教頭からの叱責が飛ぶ。
「ほら、お前のせいで怒られたじゃんかよ」
「僕のせいじゃないだろ」
「だってお前がしょうもない冗談言うから」
「乗っかってきたのは優の方だ」
「同感。怒られたのは会話に乗っかった優が悪い」
一度は肩を竦めて口を閉じるもしばらくすれば暇を潰すように責任のなすりつけあいが始まり、それを聞いていた周りの女子たちがクスクスと笑う。
こんなくだらない会話が成立するあたり、この状況に二人も相当飽きているらしい。
当然だろう。
真夏の暑さの残る青空の下、グラウンドの指揮台に立った校長のどうでもいい話を聞かされるという拷問から始まるのだから。
まったくの無意味だ。
蜃気楼をあげる坂道を登って学校へ向かうだけでも苦痛だというのに。
こんなこと無駄話でもしてないとやってられない。
それを証明するように優が唐突に話題を変えてくる。
「もし来年校長が変わるなら外人の綺麗な人とかがいいな。それで指導って言って手取り足取り教えてくれてさ」
「……そうだな。そうだといいな」
暑さにやられているのか、優のその痛い呟きに龍二は適当に相槌を打ちながら指揮台の校長に目を向ける。
今年、龍二たちと同時期に学校にやってきた新校長はすでに齢五十に達しているが、その見た目は三十代後半と言っても通じそうなほどの美貌の持ち主だ。
しかし、今の暇を持て余した優にはこの朝礼を乗り切るには物足りないらしい。
「まぁ、隣にいる教頭はいけ好かないけど」
「その教頭に注意をされたのは誰かさんが迂闊に龍二の話題に乗ったからだがな」
「俺のせいかよッ!」
「そこッ、静かにしろ!」
理久の挑発に乗せられた優のノリツッコミと同時に教頭が再びこちらを指差して叫ぶ。
「ほら。またお前のおかげで怒られたじゃないか」
「俺のせいじゃないだろ」
「じゃあ誰のせいなんだ?」
「んー、校長?」
「そこーッ!!」
そんな不毛な会話と教頭の注意から十分もしないうちに二学期の始業式は終了した。
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