「舌きり雀」、お爺さんをビールと柿の種で接待する羽目に

亀野あゆみ

とんだ接待

 「お爺さんにご馳走するはずの初鰹の刺身は、どこいった!」私は、浩太こと、「日本昔話成立支援機構」のクローン人間M2415に怒鳴った。3人の、いや、今は3羽のスズメに化けてる新米クローン達が震え上がる。

 私たちクローン人間同士だけで通じるテレパシーで怒鳴ってるから、お客様のお爺さんには聞こえないけど。

 

 「みんなで食べましたよ」浩太が、ケロリと答えた。

「食べた!なんで?」

「ウマそうだったから。ホント、美味しかったです。小梅先輩にも、食べさせてあげたかったな」

 あたしの分も、ないんか!

「それで、季節の野菜とゴマ味噌の和え物は?それから…」

あたしは、お爺さんにご馳走するはずだったメニューを次々挙げるが、浩太は、どれも、「もう、食べた」と言う。とっておきの銘酒も飲んでしまったと言う。

 その挙句、お爺さんの前に並んでるのは、缶ビールと柿の種とポッキーだ。私たちのラムネ星が、2025年の日本から輸入したものばかりだよ!


 私と浩太、それから新米3人の遺伝子改造クローン人間は、地球の並行宇宙にあるラムネ星から時空転移装置で「むかし、むかし、あるところの」日本に送られてきた。日本昔話の『舌切りスズメ』が成立するのを支援するためだ。

 

 30年前なら、日本人の8割が『舌切りスズメ』を知ってた。それが、2025年の今では、6割を切ってる。日本昔話の5割が日本人の記憶から消えると日本が消滅するらしい。

 それが、ラムネ星とどう関係するのか、さっぱり分からないけど、ラムネ星に「日本昔話成立支援機構」が出来た。あたし達のような変身能力を持ったクローン人間を作って、昔話成立を支援するクローン・キャストとして日本に送り込むことになった。同じ昔話を、繰り返し、繰り返し成立させて日本人の昔話記憶を補強しようってわけ。


 お爺さんが、「これは、お酒じゃろうか?」と、ビール缶に手を出す。「ウワッ、ヤバイ」とあたしが焦ってると、お爺さんがなんなく缶を開け、中からジュワジュワと白い泡が出だす。昔の日本には冷蔵庫がないから、温まっちまってる。「クーラーボックスくらい持って来んかい、このボケナス」と、あたしは、テレパシーで浩太をののしる。いや、待てよ?そもそも、ここにビールがあるのが、おかしいじゃないか?


 「おっ、イケる。こんな美味い飲み物は初めてじゃ」と、お爺さんが、一気に一缶をあおった。


 「お爺さん、ビールなら、いくらでも、あります。どうぞ、どうぞ」と浩太が日本語で勧める。

「おや、ここのスズメさんたちは、言葉を喋るんじゃのう。じゃあ、お言葉に甘えて」と、もうひと缶。

 お爺さんの手が柿の種に延びる。「おお、こんな美味いものは、初めてじゃ。こっちは、どうかの?」ポッキーに手を出して、これもまた「珍味、珍味と」と喜ぶ。


 ともかくお爺さんが喜んでくれてることには、安心した。だって、お爺さんは、『舌きり雀』のシナリオにあるとおり、本当に、優しい、親切な人だったから。

 パートナーのお婆さんの方は、このお爺さんが、何で、こんなひでぇ婆さんと夫婦してるんだと思うくらい、冷たくて意地悪だった。

 私は、お婆さんが作ったノリを全部食べてしまった。お婆さんは、お仕置きだと言って、あたしの舌を切り、あたしは、山に、逃げ込んだ。山に探しに来てくれたお爺さんと出会ったあたしは、お爺さんを、この「雀のお宿」に連れて来た。ここまでは、シナリオどおり、バッチリ、進んでた。


 ところが、「雀のお宿」で、お爺さんが腰を抜かすような美味珍味をふるまうはずだったのに、その極上の料理は、みんな、浩太と3羽の後輩どもの腹に入っちまってた。お爺さんが帰った後に、「日本昔話成立支援機構」から作戦中止の指示が来るだろう。お爺さんに、まったく、何の御馳走もしてないんだもん。


 浩太たちは、あたしには意味不明な歌と踊りを、披露しだす。これを、お爺さんが大喜びして見てるから、不思議だ。

 ビール缶が2ダース空になり、浩太たちが疲れてフラフラになったころ、お爺さんが、「婆さんが待ってるで、そろそろ帰ろうかの」と言いだした。

 

 あたしは、物置から大きいつづらと小さいつづらを持ってくる。「お土産にお好きな方をどうぞ」と勧めると、お爺さんが「ほれじゃ、大きい方にしようかのぅ」と言い出すので、あたしは、慌てた。だって、大きいほうには化け物が詰まってて、これは、後で意地悪なお婆さんが持って帰るはずのものなんだ。


 「昔話では、良い人は、みな、小さい方を選ぶことになっています」という浩太の言葉に、あたしは、全身の血が凍りそうになった。どぉ~して、お前は、そんなネタバレをするんじゃ!


 ところが、お爺さんは、「ほほぉ、それで、わしは、良い人かのぉ、それとも悪い人かのぉ?」と浩太に尋ねる。浩太が「もちろん、良いお方です」と自信タップリに答えると、お爺さんは、「せっかく、お褒めに預かったんだから、小さい方にしようかのぅ」と言って、小さいつづらを担いで、家路についた。

 

 お爺さんが山の中の細道を曲がって、姿が見えなくなったとき、あたしは、もう、一切の気力を失って、あやうく変身を解除しそうになった。


 「機構本部から報告」と、あたしが恐れていた言葉が、脳内の異世界間通信装置から流れ出す。あたしは、息を飲み、全身を固くして、次の言葉を待つ。「作戦続行。引き続き、意地悪なお婆さんに対処せよ」と、本部の作戦管理官は言った。

 「えっ、でも、あたしたち、お爺さんに残り物しか食べてもらってませんが?」あたしは、自分に不利になることなのに、思わず、問い返していた。

 「シナリオを良く読み直してください。あなたは、お爺さんをご招待したわけではありません。山の中で偶然出会って、『雀の宿』にお連れしたのです。したがって、必ずしも、お爺さん用にご馳走が用意されている必要はありません。大事なのは、お爺さんが喜んでくれて、小さいほうのつづらを持ち帰ってくれることです」管理官が、いたって冷静な口調で言った。


 「小梅先輩、バッチリでしたね」ご馳走で腹いっぱい、アルコールも大量に入って、上機嫌の浩太が話しかけてきた。

「結果オーライだっただけじゃない。これから、いったん、機構に戻って、意地悪なお婆さんにふるまうご馳走を用意するよ」

「えっ、ビールと、おつまみが、まだ、残ってますよ」

「あんた、阿呆か!意地悪なお婆さんが、あんなもので喜ぶと思ってるの?シナリオではお婆さんも、あたしたちの接待には喜ぶことになってんのよ。ちゃんとした御馳走が絶対必要。今度、つまみ食いしたら、あんた独りで時空転移装置に乗っけて、暗黒宇宙に送ってもらうからね」

「ひえーっ、今度は、マジメにやります」

なんだ、今まで、マジメにやっとらんかったのか!


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「舌きり雀」、お爺さんをビールと柿の種で接待する羽目に 亀野あゆみ @ksnksn7923

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