第十一幕 果実酒の村
商業都市から馬車で一時間ほどにある、メリヴィス村――果実酒で有名な村には、
本命である
村の遠くに場違いな印象のある大きな屋敷がぽつんとあったが、そのほかは
村の
ディルが
木の香りが充満している木造の空間には、食べ物の匂いも強く
一人の大柄な男がタオルで手を
「
野太い声をした男は、ぴたりと言葉を止めた。
はっと
「ディ、ディル
「やあ、
「来るなら連絡の一つでもよこしゃあ、いい食い物でも用意したのによぉ!」
「急な決定だったからね。だから、そういうわけにもいかなかったのさ」
「
大将の言葉で、悠真の
ディルは肩を
「彼は今、かなり落ち込み中だけどね」
「ああ、知ってるぜ! どこかの
笑えない
ディルが、悠真の背を軽く押した。
「その一杯食わせた野郎が、彼――悠真だ」
「ああん、おめぇが? そういえば、よく見れば取り下げられた指名手配書に……」
「おうおう、兄ちゃん。どんな手を使って、アル坊を出し抜いたんだ?」
「あ、いや、あのぅ……」
対応に困っていると、奥から
音の方角に目を向けると、
「仕事をほっぽり出して何やってんだい、あんた!」
大将の横腹に
さして気にした様子もなく、ディルは女に
「やあ、
「おや、ディル坊じゃないか! 元気してたかい?」
「ああ、僕のほうも相変わらずだ」
さきほどと打って変わり、
「そうかい。それで、こちらさんは?」
「アル坊に、一杯食わせた野郎らしいぞ」
のっそりと立ち上がりつつ、大将がそう紹介した。
女将が顔を近づけてくるのを、悠真は視界の端で
「なんだってぇ? それじゃあ、あんたが噂の男かい」
「ああ、えぇっと……」
力強い眼差しに
少しして、女将は
「アル坊を出し抜くなんて、そうそうできることじゃない。やるじゃないか」
「まったくだ。おめぇも
綺麗に蹴りが入ったと思ったが、大将は
悠真は
「あ、いや、まったく関係ないっす」
「彼は僕の友人で、今日は付き
ディルの発言に、大将達は納得したように
「まあ、話は座ってしな。特別に、
一番近くにあった席に着きながら、ディルは大将に何気ない声で尋ねる。
「最近、この村で
「あぁあ……まあ、ここは小せぇ村だからな。そういう噂はすぐに飛んでくるぜ」
全員が席に着いてから、ディルは小さな吐息を
「果実酒の仕入れがてら、もし本当に問題があるのなら解決してこいと言われてね。その噂に関して、ちょっと詳しい話を聞かせてくれないか」
「つっても……俺も噂ぐらいしか知らないんだがな。ここ最近、冒険者や賞金稼ぎの連中が妙に
頭の中で言葉の整理をしていたのか、大将は少しの間を置いてから続けた。
「だが、まあ……村の
「そうか。
「ディル坊の親父さんには、いっつもご
大将の
酒場に入って来たのは不思議な空気感を持つ――自分と変わらないぐらいの歳か、あるいは下だと思われる
村の住人らしく、商業都市で見る格好より落ち着きのある服装をしている。ただ、お
「おぉい、母ちゃん!」
大将の呼び声で、ゆったりとした足取りで女将が奥から現れる。
「やあ、今日はいつもより早いじゃないか。またいつものかい?」
「はい。よろしくお願いします」
女将が目で
「さきほどの彼女は?」
ディルは静かな声で大将に
「ディル坊達が
「そうか。もうあれから三年ぐらい
ディルはかすかに溜め息をついた。
「本当、女将さんも大将も変わらないな。学園に通っていた
「今は妹さんが通ってんだろう。はえぇもんだな」
悠真の
ディルが不敵に短く笑い、悠真の背に手を当ててきた。
「実は、大将。親父も
ディルの発言に、悠真はぎょっとして肩が跳ねる。
大将は
「いや、待て待て待て。だから――」
「そりゃ本当か! エヴァンス家は名家で美人
「ヴァーミルさんやディルが、勝手にそう言ってるだけっすから!」
どこか
不意に、出入口に向かって歩く栗毛の女が、軽く
白い布が
悠真達のほうへ、女将がつかつかと足音を立てて歩み寄ってくる。
「もう話しは済んだのかい?」
「ああ。もともと仕入れが本来の目的だからね」
女将は
「そうかい。それなら料理ができるまで、村の中を散歩してらっしゃいよ」
「そうだね。
ディルがそう
「二時間後ぐらいに、またこの酒場まで戻っておいで」
「わかった。それじゃあ、悠真。行こうか」
ディルと一緒に立ち上がってから、悠真は大将達に頭を下げる。
「すみません。ご
「あんたはこの村に来るのが初めてなんだろう? ゆっくり見ておいで」
「はい、わかりました」
悠真はディルと並んで酒場を出てから、適当な方角に向かって歩いた。
少し歩いた先で、ディルが何かを思いだしたような声をあげる。
「あっ。そうだ、悠真。ちょっと別行動でも構わないか?」
「えっ……?」
「少し寄りたい場所があるんだ。だから二時間後に、また酒場に集合しよう」
悠真は胸の周辺で両手を横に振る。
「いや、待て待て待て。こんな見知らない村で一人にされても……?」
ディルは小さく笑って
「子供じゃないんだ。
「そりゃそうだが……ああ、まあ、わかったよ」
悠真は
二枚目な顔立ちから、悠真は女の可能性が高いと見当をつける。
「それじゃあ、またあとでな」
ディルの後ろ姿を見送り、悠真はぽつんとその場に立ち
果実や野菜の香りに満ちた村を、悠真はぶらぶらとあてもなく歩いていた。
この村に住んでいる人はとても
しばらく
村人達の
(あの子は、酒場に来ていた……)
白い花の髪飾りをつけた女を、悠真は
こちらの視線を察知したのか定かではないのだが、突然の視線は対応に少しばかり困るものであった。悠真の目が無意識に右へ左へと泳いだ。
「あ、ああ、えっと……その、初めまして」
歩み寄りながら挨拶をすると、女が軽い
不思議な空気感のある女であった。外見の美しさから存在感は強く感じるものの、どこかぼんやりとしていて、
この空気感はどこか――まるで
「初めまして。酒場にいた
「あ、あぁ。俺は悠真。なんか休憩中、かな?
ロラーナは小首を
「いいえ。ただ、ぼんやりとしていただけですから」
「そうなんだ。確かにこの村もの凄く
「ええ、とても。悠真さんは初めてこちらへ?」
悠真はゆっくりと
「ちょっと友達の頼みで、果実酒の仕入れを手伝うために来たんだ」
「ふふ、そうですか。こちらに見える方は、やはり果実酒が目当てなのですね」
ふと、悠真はロラーナに関する情報を思いだした。
「そっか、ロラーナさんはこの村の出じゃなかったんだったな。大将が言ってた」
「そうですね。でも、もうずいぶんと長い間いる気がします」
悠真は自然と笑みを作る。
「きっと、この
「はい。悠真さんの言う通りだと思います」
やや強めの風が吹き、彼女の頭にある花の髪飾りが少し
「その花ってさ、本物、だよな?」
「ええ。私が育てた花です」
「マジか――ってことは、ロラーナさんは花農家か何かなのか?」
「あくまでも趣味の
花にまつわる思い出でもあるのか、ロラーナはどこか遠い眼をした。
「俺はその花を初めて見たけど、なんか凄く綺麗だな」
「ありがとうございます。心を込めて育てた
悠真は不意に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「そういえば、女将から何を受け取ってたんだ?」
わずかにロラーナの肩が跳ねた。悠真は
「あ、いや。別に気になっただけで、
「いいえ、大丈夫ですよ。ただ食材を分けてもらっただけですから」
「食材? 何か特別な
ロラーナは微笑み、否定の
「主人に
自分とたいして変わらない年齢だと思っていたため、悠真は静かに驚いた。
女性の場合、日本では十六歳から結婚が可能となる。日本全国から見ればそれほど珍しい話ではないのだろうが、知り合いに
あくまで可能なだけであり、早婚が通常というわけではなかった。
「ロラーナさん、もう
「ふふ、ええ。小さい
幸せに満ちた微笑みを見せてから、ロラーナは不思議そうに小首を
「でも、そんなに驚くような話ですか? あ、もしかしたら……
「あ、いやぁ……ロラーナさんの年齢が
悠真は黒髪に指を通し、頭を
「まあ、可能な年齢で
「そうですか。私は〝十七〟ですから、悠真さんからは早く感じてしまいますね」
ロラーナの言葉が終わるや、鐘の音が響き渡っていく。
「いけないわ。もうこんな時間……私、そろそろ行きますね」
「ああ。旦那さんに、極上の手料理を振る舞ってあげてくれ」
「はい。それでは、また」
小走りで駆けて行く彼女の姿を眺めながら、ふと悠真は考え込んだ。
(そういえば……ディルと別行動してから、どれぐらい時間が
しばらくの硬直を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます