第二幕   紅髪の少女の狙い



 沈黙に満ちた場の中で、悠真はミランジェスをじっと見据みすえる。

「親子の仲のよい話はそれぐらいにして、彼の話をしましょう」

 方向性を修正するミランジェスの言葉に、二人は意表を突かれた顔となった。

 再び――親子二人の視線が自分のほうへとそそがれ、悠真は冷や汗をかく。できればそのまま家族で身内的な話をしてもらい、お開きといった形が最良であった。

「そうだな。失礼をしてしまった。すまない、悠真君」

 悠真は首を横に振り、無言のままにこたえた。

 ヴァーミルの視線が少し斜め上にずれた。何か思案しあんしているのが見て取れる。

「あぁっと……そう、エレアノールとの関係だったか」


 エレアから短いうめきがれた。さきほどたしなめられたせいでこらえているようだ。

 少し不憫ふびんに思え、悠真は彼女に苦笑を送っておいた。

「エレアノールはああ言ったが、君から見てエレアノールはどうだ?」

「えっと……どう、とは?」

 意図いとが見えず、素直にき返した。ヴァーミルは少し困り顔でうなる。

 悠真は訳がわからず、エレアを見た。怪訝けげんな眼差しをした彼女と視線が交わる。

「つまりは、エレアノールを嫁にもらってくれるのかどうかの話よ」

 マリアベルの言葉に、またエレアが勢いよく立ち上がった。

「お、お姉様! 何を言っていらっしゃるのですか!」


「もう少しばかり補足を加えれば、エレアノールを嫁に迎えたあかつきには、黒鉄騎士団に悠真君をむかえ入れたい。そんな話でもある」

「お、お兄様まで!」

 あわてふためくエレア以上に、悠真の内心はおだやかではない。もともと紹介といった単純な話のはずだったが、予想外な方向へ事態は進んでいる。

 エレアの様子から、彼女もこうなるとつゆほども思っていなかったに違いない。

「エレアノール」

 ゆっくりとつむがれた短い声には、ミランジェスからのたしなめが詰め込まれていた。

 エレアは苦い表情を見せ、静かに座り直した。


「器量は悪いし、稚拙ちせつさが抜け切らない妹だ……だが、これは君にとっても悪くない話だと思う。黒鉄騎士団に推薦すいせんされるのも入るのも、並大抵のことではない」

「秘術をろくに扱えない、エヴァンス家の落ちこぼれ。だけれど、貴方あなたと出会って妹は変わったわ。せきが切れたように秘術が上達しているの。それでも、全然だけれど」

(おぉお……本当に散々さんざんな言われようだな)

 エレアの顔は暗くしずみ、くやしそうだった。悠真は、それとなく事情を呑み込む。

 エレアは自分を不出来ふできだとさげすむ人達を見返したくて、不相応ふそうおうな戦いにのぞんでいた。幽霊や死霊といったホラーに属する怖いものが大嫌いなはずなのに、彼女は呪われた屋敷と呼ばれる場所に単身で攻め込んでいったのだ。


 そのときに家族の話題も出てきたのだが、こうして彼らと会話してみて印象は少し変わった。姉のほうはよくわからないものの、兄のほうはストイックな気配がある。

(まあ、でも……家族の事情なんざ、傍目はためからじゃわからんかもだが)

 一つ言えるのは、エレアにとってこころよくないのは間違いない。

 辛気しんきくさいエレアを少し見つめてから、悠真は心の内側で溜め息を吐いた。

「僕からすれば……エレアノールさんは別に不出来や落ちこぼれだとは思いません。出会ってからまだ間もないですが、博識で勤勉きんべんかただという印象があります。秘術に関してはあれかもしれませんが、それにあり余る魅力はあると感じています」

 いたたまれない気持ちになっていそうなエレアを、悠真はフォローしていく。


「僕は、貴族といった存在がまったくない場所で生まれ育ちました。ですから、もし失礼があったら謝りますが……彼女には、しっかりとしたしんがあり、目標を見定める力強さもあります。客観的な視点から見ても、彼女は素敵すてきな人だと思います」

 心内でひたいの汗をぬぐい捨てる気分の悠真は、どこか達成感に満ちあふれる。

 これでエレアの辛気臭ささが晴れると――彼女は、顔を真っ赤に染めていた。

「まあ……」

 マリアベルが、にやにやした笑みを浮かべている。

 ヴァーミルは短いうなりをあげ、あごを指でさすった。

「ふむ……そうか。そこまで娘を大事だいじに想ってくれているのだな」


「これは婚儀こんぎも早そうですわね」

 やさしい顔に微笑みをたたえたミランジェスに、ヴァーミルはうなずきでこたえた。

 今度は悠真が激しく立ち上がる。

「いや、待て待て待て! あっ……いやぁ……言葉づかいが悪くなって、すみません。ですが、ちょっと待ってください! どうして、そうなるんですか」

 異常な話の進み具合に、自然とが出たのを自制した。ぎたことをやんでも、いまさら仕方がない。それでも思わず素が出たのは非常に気まずい気分になる。

「エレアノールやアルドから、悠真君に関して話は聞いていたが……こうして、顔を合わせてみてよくわかった。想像していた以上の好青年だな」


「いい男を見つけたわね。私達より先に、あんたが婚儀を執り行なうのかもね」

 ヴァーミルは物思いにふける姿勢を見せ、マリアベルはエレアをからかっていた。

 悠真はそんな二人を交互に眺める。

 友人としてならば問題はない。しかし恋人や結婚ともなれば、話は変わってくる。現状として色恋沙汰ざたひたっていられるだけの余裕よゆうはまだない。

 それに、悠真にはもしそうなれたらと思えるような意中の相手がいる。ただ、その相手もまた、今となっては恋愛をしているひまなどないだろう。

「何か誤解ごかいを生んだのなら、謝ります……エレアノールさんとは、別に恋人同士でもなんでもありません。それに黒鉄騎士団へのさそいも、僕には身に余るお話です」


「まあ、今すぐといった話でもない。これから追々おいおいじっくり考えていけばいいさ」

 ヴァーミルの『追々』とは、話をち切られた状態にひとしい。

 こちらが何を言ったところで、答えはきっと〝先の未来は〟になると考えられる。否定を述べても、追々と言われたのがいい例であった。

 悠真は困り果て、エレアを見た――ほんわりとした表情で、顔を赤らめている。

馬鹿ばかかよ、こいつ! なんで、お前もまんざらじゃなさそうなんだ!)

 胸中で毒づき、悠真は視線を下げる。

「まあまあ、落ち着いて座りたまえ」

「はい。すみませんでした」


 悠真は肩を落としながら、腰を下ろした。

「エレアノールとの婚姻こんいんは別としても……黒鉄騎士団に悠真君が欲しいのは本音だ。たとえどんな展開があったにせよ、アルドとの一騎打ちで君は勝利したのだからな。それに彼が恥をしのんで言っていたぞ。心でも私は彼に負けていた、と」

 きびしい印象のあるヴァーミルの顔が、おだやかなものとなった。

「悠真君はマルティス帝国のアリシア皇女こうじょとも、友好な関係にあるらしいな?」

「あ、はい」

の国と敵対関係にあるわけではないが――気分を害さないでほしい。ほかの団や他国に取られてしまう前に、つばをつけておきたかった。それも本音だ」


 かなり高く評価されている。正直、悠真がアルドに勝てたのは奇跡に近い。

 仮にまた戦って勝てる保証ほしょうなど、微塵みじんもなかった。

(俺に、そんな力なんか……それに)

 そもそも騎士団がどういった組織で、どんな活動をするのかもよくわからない。

「時間は、充分じゅうぶんにある。今すぐに決断を求めているわけではない。だが、そういった選択もあるのだと忘れないでくれると、こちらとしてはありがたい」

 これには、悠真も苦笑せざるをない。完全に釘を刺された状態となった。

 これでもし、ほかの団や他国につこうものなら、揉め事が必至ひっしになるに違いない。そんな予定は特にないのだが、自由を奪われるのは気持ちよくはなかった。


(やっぱり、でもエレアのさそいは断っておくべきだったな……)

 悠真が胸中でなげいていると、ディアスが真剣みを宿した眼差しで見据みすえてくる。

「実際、むかえ入れるといっても入団試験は当然あるぞ。君も知っているとは思うが、黒鉄騎士団とは王の切り札――ヴァーミルの騎士団だ。言い方は少し悪いが、団員のすべてが別の騎士団では、団長や副団長となれる素質を持った者達の集まりなんだ」

「えっ……?」

 ディアスの発言に、悠真は肌が粟立あわだつ。いやな汗が体中からくのがわかった。

(すべて? 団員全員が、あのアルドと同じクラスってことか?)

「ゆえに、生半可な者では身が持たない。入団する気なら覚悟しておいてほしい」


 どう考えても向かない話だった。ただ、理由をありのまま告げられもしない。

 マルティス帝国の皇女こうじょ――アリシアから指摘された話があった。

 秘力をまったく持たない悠真は、命の源である生命力を糧としなければ精霊の力が扱えない。これは決して他言してはならないし、れてもいけなかった。

 弱点が露呈ろていするのは、自分の首を絞める結果にしかならないからだ。

 もし敵対した者が知れば、意気揚々いきようようと弱点ばかりを突くに決まっている。

 もちろん、この話は悠真だけに限らない。巫術士ふじゅつし秘術士ひじゅつしなどのすべてが、本来はそうであるべきだと教えられた。

 だから可能な限り、自分の情報はかくすのがあたりまえらしい。


「エレアノール。今回の学園祭では、彼を御付おつきとしたいので間違いないな」

 ヴァーミルの言葉に、はっとわれを取り戻したエレアがうなずいた。

「あ、はい。そうです、お父様」

「うむ、許可しよう。今年のもよおしは、実におもしろくなりそうだ」

 二人のやり取りを、悠真はいぶかしく思う。

 話の流れが、大きく変わった雰囲気がある。

「あ、あの……なんの話ですか?」

「あ、そうそう。そういえば、言っておりませんでしたね」

 エレアの口調は、明らかにわざとらしかった。


「レヴァース法術学園で、三年に一度の催しがに開催されます。そこで学生達が、自分の御付きを事前に一人選び、催しに参加するのです」

「はぁえ? あ? お、おう……」

「内容は開催ごとに変わるのだけれど……まあ、力試しみたいなものね。ちなみに、私は六年前の優勝者なのよ」

 にこにこと微笑むマリアベルに次ぎ、ディアスが静かに笑う。

「あの頃の記憶は、今も胸に残っているな。ちなみに、三年前の優勝者は僕だ」

「なるほど。その力試しは、具体的にどういったものなんですか?」

 心の中で否定を続け、もはや無意識に近い状態で悠真は声をつむいでいた。


 商業都市がいつにも増して人が多かった原因と、ゆるやかに結びついた。

「私のときは、対人乱戦形式だったわ。一組一点が与えられ、持ち点をうばい合うの。時間切れの時点じてんで、得点を多く稼いだ組が優勝ね。最後は全員が逆転を狙おうとして私の組を狙ってくるものだから、すべて返り討ちにしたのは今もいい思い出よ」

 にこやかに笑うマリアベルの表情の裏に、悠真は狂気きょうきを見た気がした。

「僕の年代では、本物の妖魔ようまを扱った討伐とうばつ形式だな。強い妖魔ほど高得点を稼げた。これも、最後に得点を多く稼いだ組が優勝だ。アルドとどちらが強い妖魔を倒せるか競い合ったのは、今もいい思い出だ」

「なるほど、得点形式の催しですか……楽しそうですね」


 他人事のようにつぶやき、悠真は信じられない気持ちをかかえながらエレアを見た。

 エレアは、にっこりと笑って小首をかしげた。

「悠真君を、私の御付おつきにしちゃった」

(なんだ、その間違えてボタン押しちゃいましたみたいな言い方は!)

 悠真の意識が遠退とおのいていく。

(失いたい。このまま今すぐに、意識を一年ほど失いたい……)

 ヴァーミルが豪快ごうかいな笑い声をあげた。

「エレアノール、悠真君。学園祭、楽しみにしているぞ」

 もう逃げ道など、どこにも存在しない。


 エレアが眠気を押してまで、朝早くから部屋に侵入したのも、家族に紹介といった名目めいもくでレストランに連れてきたのも、すべてはこれが狙いだったのだろう。

 悠真は粛々しゅくしゅくと、消え去りたい気分におちいった。



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