レヴァース法術学園祭

第一幕   家族団欒



 悠真の住んでいる商業都市エアハルト――もともとは、小さな漁村ぎょそんから始まる。

 村は小規模ながら、織物や魚介類の輸出でうるおっていた。そこに、エアハルトという名の男が現れ、まさに破竹はちくの勢いで商業都市へ発展をげる。

 エレアの故郷こきょうでもあるレヴァース王国と密接みっせつな関係を築き、諸国しょこくから大勢の人々が目的を持っておとずれる、レヴァース大陸一の港街としても機能するまでにいたった。

 理由はわからないが、ここ最近はいつにも増して多くの人が行き交っている。

 そんな商業都市の北側にあるレストランに、悠真はげんなりとした気分でいた。

 豪華絢爛ごうかけんらんな内装で、室内装飾どころか机や椅子にすら気品がただよう。横に長い机には雪のように白い布がかれ、陶器も、そこに飾られた花も高価そうであった。


 エレアの話によれば、ここは王族や貴族御用達ごようたしのお店らしい。

 悠真の隣にエレアは腰を下ろし、その反対側にはエレアの家族がいた。

 左から長男、父親、母親、長女の順で席に着いており、全員正装しているためか、一様いちように高貴な気配をかもしていた。そろいも揃って、美男美女しかいない。

 お互い対面時に名前だけの簡単な自己紹介をしたのだが、それからは何一つとして言葉を交わさず、ただ黙々もくもくと食事をたしなんでいた。

(あぁ……帰りたい。もう帰りたい。すぐにでも帰りたい)

 貧乏びんぼうらしに慣れているせいか、居心地のわるさしか感じられない。加えて、現状の理解不能な展開もつらかった。エレアとは恋人でも、将来をちかった仲でもない。


 そんな少女の家族と一緒に食事をするのは、無謀むぼうにもほどがある気がした。

(つか、なんでみんな無言なんだ。なんの拷問ごうもんだ、これ……)

 痛々いたいたしい無言の空気につつまれ、食事をしている食器のれ合う音だけが響く。

 悠真の心にくすぶるのは、緊張ではない。単純に苦痛以外の何物でもなかった。

 苦い思いをかかえつつ、悠真は目の前に置かれた料理を口へと運んでいく。

(まあ、でもしかし……ここの料理は美味しいな)

 高級レストランのコース料理と同様、一定の間隔かんかくで料理が配膳はいぜんされる。

 今現在、悠真の前にあるのはメインの肉料理であった。食感が絶妙で、ソースには目を見張るものがある。濃厚のうこうな味付けのわりに、後味にキレがあるのだ。


 地球とは異なる世界ではあるが、商業都市の料理はどれも、それこそ大衆料理でも普通に美味しい。現在いる店は、一段とうまさが際立きわだっていた。

(そういえば、あの話を思いだすな)

 まだ日本にいたころ、インターネット配信で聴いた話が脳裏のうりぎる。

 世界中で美味しいと絶賛される、各国の名をかんした料理は多い。その理由は天皇、皇帝や王様など、国の象徴しょうちょうとなりる存在がたかららしい。

 真偽しんぎは知れないが、象徴となる者へ献上する料理が不味いのは無礼ぶれいとなり――国によっては死刑にされる場合もあったのだと言っていた。命がかっているのだから、必死に旨いとうならせる料理を追求するしかなかったのだろう。


 ここのレストランには、王族や貴族達が好んで足を運んでくる。だからどの料理も味がいいのは、おそらく地球と同じ原理が働いたからこその結果だと考えられた。

(あの配信者さん。今も元気にしてんのかな)

 まったく関係のない思い出に、悠真は思いを巡らせる。

 現実逃避とうひに近い行為こういをしている最中さなか、果実酒が入ったグラスを口へ運んだエレアの父親であるヴァーミルが、短いうなり声をあげた。

 彼が放つ雰囲気や人相からは、ずいぶん気難しそうな印象を受ける。ただ、やはり美少女エレアの父親なだけあり、老いていてもなお二枚目であった。

 現役げんえきの騎士ということもあってか、まだまだ活力にあふれる気配もある。


 果実酒を堪能たんのうした様子のヴァーミルが、グラスを置きながら口を開く。

「腹も満たされたところで……そろそろ、会話でもしようか」

 ヴァーミルの声は、腹をすくませる威厳いげんに満ちていた。

 するどく切れる眼差しが、悠真へとそそがれる。

 無言の沈黙がやぶれ、ついに対話が始まる――緊張が高まり、悠真はやや身構えた。できる限り失礼がないよう、敬語での会話につとめなければならないだろう。

 本来は苦手な部類であるが、さすがに場をわきまえておいたほうがいい。

「闇の精霊王ガガルダから寵愛ちょうあいさずかったと聞かされた。それは、本当か?」

「あ、はい……そうです、かね」


 言葉をにごしたのには訳があった。こちらの世界で言われている精霊からの寵愛と、悠真が授かった闇の精霊王からの寵愛には大きく異なる点がある。

 前者は、あくまでも特別大事だいじにしているといった意味だ。しかし悠真の場合は――精霊が自発的に自分の存在そのものを、悠真のたましいへ注ぎ込んだ異質な寵愛だった。

 ヴァーミルは不思議そうに首をかしげる。

「しかし高位の精霊から寵愛を授かった者は、瞳の色が変わるはずなのだが……」

「ああ、あの、その……落ち着いたというか、なんというか」

 高位の精霊から寵愛を授かった者は、瞳の色が真紅しんくの色へと変化する。悠真が闇の精霊王に召喚されるまでは、ただ一つの例外をのぞき、すべての者がそうであった。


 ネクリスタに召喚しょうかんされてまだ間もないころは、悠真の瞳も真紅の色をしていた。

 それがある日、突然――元の黒い瞳に戻っていたのだ。

 当初は大慌おおあわてしたが、別に精霊の力を失ったわけではない。

 精霊が〝馴染なじんだ〟結果なのだと仲間内で結論が導かれた。その証拠しょうこに精霊の力は行使こうしできるし、行使する寸前からしばらくは真紅の瞳にしっかり変化する。

 ヴァーミルが、自身の白髪交じりの赤毛をでた。

「精霊界や歴史から姿を消した、闇の精霊王。どのようなつながりがあったのだ?」

 もともと闇の精霊王は、悠真の父親に寵愛を与えていた。そんな父親が、歴史書に記されるほどの戦争で死去しきょしてしまい、闇の精霊王は激しくいたんだのだ。


 流れとしてはそれが始まりだが、真実をおおやけにはできない。自分も父親も別の世界の住人であり、しかも時間軸がかなりはずれてしまっている。

 確実に変な方向へ話が広がるのは、目に見えていた。

「あぁ、大切たいせつな人って……繋がりですか、ね?」

「そう緊張しなくても構わない。気負きおわず楽に会話してくれたまえ」

(いや、無理だろ、それ)

 悠真は胸中で否定しつつ、愛想あいそ笑いで誤魔化ごまかしておいた。

 深く椅子にもたれ、ヴァーミルが腕を組んだ。

「大切な人か。アルドから聞いたが、君は精霊そのものになれるのか?」


「ああ、まあ、そう、です、ね。はい、そうです」

「私がかかえる騎士団の団員にも、巫術ふじゅつを扱える者がいるのだが――巫術士ふじゅつし界隈かいわいでも、初めて聞いたと耳を疑っていた。ぜひ一度、君に会いたいとつぶやいておったよ」

 悠真はかろうじて、ほおが引きつるのを自制した。

 そのわずかな反応を察知したのか、ヴァーミルはさとすように言ってきた。

「ああ、気分を悪くしたなら謝ろう。別に深く詮索せんさくするつもりはなかった。ただ……ほんの少し好奇心でたずねてしまった。どうか、許してほしい」

 別に質問されるのがいやだったわけではない。単純に、自分に関する話題がどんどん勝手に広まっていくのが、若干じゃっかん不快なだけであった。


 そうならないために正体しょうたいを隠し、口止めまでしてもらったのだ。

 人の口に戸は立てられぬと、悠真は思い知らされる。

「あ、いや、別に……大丈夫です」

「あなた、そんな話をしにいらしたのですか」

 エレアの母親――ミランジェスが、ゆったりとした声で話に割って入ってきた。

 赤々あかあかとした長い髪を綺麗にまとめている彼女も、少し老いているとはいえ美人だと言われる部類に思える。立ち居振る舞いはとてもつつましやかで、やさしそうな雰囲気が色濃くただよっていた。まるで絵に描いたような淑女しゅくじょを体現している。

 ヴァーミルが戸惑とまどいの仕種しぐさを見せ、短く咳払せきばらいをした。


「ん、そうだな。悠真君、一つ尋ねてもいいか?」

「あ、はい。なんでしょうか」

「エレアノールとは、どういった関係だ?」

 突飛とっぴな質問に、悠真は眉根を寄せながら首をかしげた。

 隣のエレアが、あわてた様子で勢いよく立ち上がる。

「な、何をいているのですか。彼とは誤解ごかいされるような関係ではありません!」

「エレアノール。はしたないですわよ」

 ミランジェスの静かな声にたしなめられ、エレアは気まずそうにまた席に着く。

 右端に座っているエレアの姉――マリアベルが軽い口調で言った。


「この子がほんの少しばかり秘術ひじゅつを扱え始めたのは、貴方あなたがきっかけだと聞いたわ。いったいどんな秘法を使ったのか、気になるわね」

 姉妹しまいだからか、エレアとよく似た綺麗な顔をしている。しかしエレアよりも容姿が一際ひときわ洗練されており、大人としての魅力にあふれた女性だった。

「あ、いいえ。別に、何もしていません。ですから、自分ではないと思います」

 エレアに秘術を扱うコツを、伝授でんじゅしたわけでもない。それ以前に、悠真には秘術を扱うための知識も秘力も何もなかった。

 もしエレアが秘術を扱えるようになった理由があるとすれば、高性能なロボットと言っても差し支えない、禁断きんだん魔導まどう生命体と命懸いのちがけの戦いをしたからであろう。


「僕からすれば、エレアノールよりも彼自身に興味がある。聖印せいいん騎士団の団長であるアルドを出し抜き、一騎打ちで勝利したのだろう?」

 悠真の斜め左前に座っている、エレアの兄――さわやかな好青年といった印象のあるディアスが机に両肘りょうひじをつき、手の指をからめ合わせた。

「彼とは、学生時代からの同期でね。当時から才気さいき溢れる男だ。そんな彼が、どこのだれとも知れない者に負けたと聞かされたときは、笑いをこらえるのに必死だったよ」

 二枚目な顔に、ディアスはいたずらな笑みを浮かべた。

 笑うディアスを、マリアベルがのぞき込むように半眼でにらんだ。

「まあ……あんた、性格悪いわねぇ」


「彼の実力は承知しょうちの上だ。下げたいわけではなく、仲間内だからこその軽口だ」

「ふぅん。そんなあんたから見て、友を打ち取った男はどうなのかしら」

「そうだな」

 ディアスが、じっと見つめてくる。悠真は自然と視線をらしてしまう。

 聖印騎士団の団長アルド・フルフォードとは、命をした戦いを二度繰り広げた。卓抜たくばつした剣術に加え、かなり頭の切れる男といった印象がある。

 悠真の中での評価は、果てしなく高い。

 闇の精霊王の力がなければ、負けるのは確実に自分であったと自覚している。負い目というほどでもないが、視線を逸らしたのにはそういった理由が大きい。


「こればかりは、悠真君と一戦を交えてみなければわからないな。ただ、見たままの印象を忌憚きたんのない言葉で言わせてもらえるなら……アルドが負けるとは思えないな。彼の剣技や咄嗟とっさの判断力には、目を見張るものがある」

 ディアスのまとた発言に、悠真は内心でかわいた笑いをらした。

「彼が負けた理由があるとすれば、彼自身の心による作用が大きいか……冷静そうに見えて、余裕よゆうがなくなると取り乱してしまう場合があるからな。あとは、闇の精霊王ガガルダ――その力を自在に操れるのだとすれば、これほどの脅威きょういはないだろう」

 自在に操れるかどうかと問われると、答えは肯定ともなるし否定ともなる。

 実際、精霊の力をもちいるのは、悠真にとっては危険な行為こういでしかない。


 巫術士の転化てんかがた――悠真の存在から誕生したこのかたは、精霊そのものに転化できる力なのだが、たった十数秒という短い時間で命が失われる危険性をはらんでいた。

 この世界にはだれもが持っている、秘力と呼ばれる不思議な力が体内に流れている。しかし悠真には一切ない。それは悠真が異世界の住人である明確な証拠しょうことも言えた。

 秘力のない悠真は、精霊の力を扱うためには生命力をかてとするしかない。

 死と隣り合わせの、諸刃もろはつるぎの力でしかなかった。

「まだまだ、彼も成長途中だ」

 ヴァーミルが、少しうれしそうにつぶやいた。

「強敵が現れ、研鑽けんさんしていく。騎士の醍醐味だいごみだな」


「お父様は、アルドを団員に欲しがっていたものね」

 マリアベルの言葉に、ヴァーミルは渋い笑みを浮かべた。

「ディアスとアルドが、黒鉄くろてつ騎士団で肩を並べてくれていたら……今頃いまごろは、世界中にその名をとどろかせていたのだろうな」

「ずいぶん無茶むちゃをおっしゃる。いくらなんでもかぶりすぎだ。彼は騎士団の団長にまで上り詰めたが、それでも僕もアルドもまだまだ青二才の評価はぬぐえない」

「だからこそ、強敵は必要なのだ。これから少しずつ、学んでゆけばいい」

 悠真はぼんやりと親子の会話を眺め、ただじっと黙って成り行きを見守る。

 ミランジェスの小さな咳払せきばらいを引き金に、場はしんと静まった。



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