第三幕   締まらない男



 悠真は一定の間隔かんかくたもちつつ、悠然ゆうぜんと進むエレアの後ろ姿をにらみながら追った。

 いい加減きして、別の場所へ視線を流していく。

 木造の出店や民家がごった返しており、行き交う人々の姿は多い。そのわりには、石や煉瓦れんがで芸術的なまで綺麗に舗装ほそうされた道には、ごみなどがほぼ見当たらない。

 この地区は、しっかりとした手入れが行き届いているのがうかがえる。

 悠真にとっては、初めて来る場所であった。都市の中央方面へ向かっているのか、詳細しょうさいな現在地はわからないものの、方向感覚的にはそれで間違いないと思える。

 エレアの家族と別れの挨拶あいさつを済ませたあと、彼女は黙々もくもくと先を歩いた。

 そのうち言い訳をするだろうと思っていたが、悠真は見通しの甘さを痛感する。


 あれから十数分経つが、一向に口を開くきざしもなく、振り返りすらもしない。

 つかつかと進んでいく彼女の後ろ姿に、悠真はまた視線を戻した。

 黒いスカートのすそにある赤色の横線が、歩くたびにほんの少しねる。なまめかしい太ももの見える幅が、増えたり減ったりしていた。

 視線を上のほうへ流し、悠真は短く声を飛ばす。

「おい」

 エレアは止まる素振そぶりりを見せない。無視むししているのか、変わらず先を進んだ。

「おい」

 止まる素振りはないが、かすかに反応がある。エレアが両手を後ろでつないだ。


「おい」

 まだ止まる素振りはない。実は別人ではないのかと、馬鹿ばかな想像が浮かんだ。

「おい」

 ようやくぴたりと足を止め、エレアは後ろを振り返った。ツインテールにしている紅髪べにがみが、ふわりと風に流れるように広がっていく。

 腕を組んで堂々どうどうとしているエレアの立ち姿に、悠真は唖然あぜんとなった。

「何よ」

「何よ――じゃねぇだろぉお! 説明しろ! 弁解べんかいしろ! 俺に謝れ!」

 悠真はエレアを真似まねたのち、拳を胸の付近にかざしながら声を張った。


 エレアは何度も左右へ首を振り、あわてふためいている。

「ちょ、大声を出さないで……もう、ずかしいでしょう」

「どうしてこうなったのか、ちゃんと説明しやがれ!」

 両手首を腰に置いたエレアが、気まずそうに片目をつぶった。

「私だって……本当はアリシアに頼みたかったわよ。確実に優勝できそうだからね。でも、今はマルティス帝国に帰国きこくしちゃっているし、仕方がないじゃない」

「俺じゃなくてもいいだろ。親父さんのつてで強い騎士を御付おつきにしてもらえよ」

馬鹿ばかね……自由に御付きを選べると言っても、諸々もろもろの制約はあるの。それにもし、そんなことをしてごらん。お姉様やお兄様に笑われてしまうじゃない」


 確かに、どちらも御付きの力に頼ったとは考えられない。おそらく自分自身の力がじくとなり、見事に優勝を果たしたのだろう。

「学園内で見つければどうだ。参加者同士が組めないって制約でもあんのか?」

 ぐっとこらえるような面持ちをしてから、エレアは怒鳴どなった。

「うるさい、馬鹿! それができたら苦労しないわよ」

「どうしてだよ。つかさ、俺に頼むにしたって事前に説明するとか、普通はそうした手順を踏むもんだろうが。それがなんだ、今日これからって!」

「ちゃんとした手順なんか踏んでいたら、絶対に断っていたじゃない」

 にらんでくるエレアに、悠真はあたりまえといった想いでうなずいた。


「ああ、断るな。完膚かんぷなきまでに断っていたな」

「ほらね。だから、こんな形でしか無理でしょう。それに悠真に会わせなさいって、家族全員がずっと言ってくるし……ちょうどいいと思ったのよ」

 エレアがわずかにほおふくらませ、顔をらした。

 エレアの家族とのやり取りをふと思いだし、悠真は肩を深く落とす。

「それにしても、なんだったんだ。あの婚姻こんいんの話は……」

「わっ……私にだってわからないわよ。あんな話をするなんて、あの場で聞くまではまったく知らなかったし……うそじゃないわよ」

「別に疑ってねぇよ。だろうな、とは俺も思ったからな」


 悠真とエレアは、同時に重い溜め息を吐いた。

 しばらくして、悠真は気を取り直して告げる。

「まあ、真面目まじめな話さ……どう考えたって、俺じゃないほうがいいと思うんだがな。秘力の欠片すらない俺が参加したところで、足手まといにしかならないだろ」

「……いないの」

「え……?」

 エレアは自分の片腕をつかみ、せつなげな顔をした。

「当然、家の者達には頼めないし、学園側の者にだって――だから私がつながっている人は、アリシアか、シャルか、悠真ぐらいしかいないの……」


 少し前まで、エレアは秘術をまったく扱えない劣等感れっとうかんなやんでいた。それが原因で大勢の人から直接――あるいは裏で陰口かげぐちたたかれていたらしい。

 悠真からすれば、彼女の性格は明るく、積極的といった印象を持っている。しかし話を聞いた限りでは、あまり人付き合いが上手うまくいっていない様子だった。

 きっと普通の家庭に生まれていれば、そうはならなかったに違いない。

「名のある冒険者か賞金稼ぎを御付おつきにするって選択もあったけど……でも、それは絶対にしたくないの。私は――お前なら、私を助けてくれると思ったから」

(ったく、しおらしい顔しやがって……しゃあねぇな)

 悠真は頭をき、心の中で溜め息をついた。


「お前って、ぼっちなんだな」

「何よ、ぼっちって。訳のわからないあだ名つけないで」

孤独こどくひとり、ひとりぼっち……つまり、ぼっちな?」

 エレアは体をらせ、顔を真っ赤にしながらうめいた。

「う、うるさいわね! えぇ、そうね。ぼっちよ! 何か問題でもあるわけ」

「俺もシャルやアリシア、お前とぐらいしか繋がりのないぼっちだからな」

「じゃあ、お前も私と同類どうるいじゃない! えらそうに変なあだ名つけないでよ」

「まあ、そうだな」

 声をあらげたエレアに、悠真は苦笑を交えてそう返した。


「じゃあさ……ぼっち同士、俺も仕方なく参加してやる。ただ戦力になるかどうかはわからんから、そこはあんまり期待とかすんなよ」

 呆気あっけに取られたような顔をしたエレアが、かすれがちな声でつぶやいた。

「いいの?」

「どの道、それしかないんだけどな。エレアの親父さんに『楽しみにしている』とか言われちまったからな。いまさら参加しませんとか、どう考えても無理だろ」

 エレアが唇を少しとがらせ、顔をせた。

 悠真は腕を組み、横目でにらむ。

「なんだよ、その顔は……まだ不満でもあんのか」


「ありがとう……」

 悠真の発言中に、エレアは消え入るようなか細い声をつむいだ。

 何を言ったのか悠真は聞き取れず、首をかしげる。

「あ、なんだって?」

「なんでもない!」

 口の右端を広げながら、エレアはぎゅっと目を閉じて見せてきた。

 どこか子供っぽさを思わせる態度に、悠真は訳がわからない心境だった。

「なんだよ、そりゃ」

「うるさい。学園に急ぐわよ」


 エレアは再び前を向き、足早に歩いていく。

「あ、お、おい」

 悠真は足早に後を追い、歩幅をたもちつつエレアの横に並んだ。

「そういえば、聞いてなかったが……そのもよおしで優勝したらなんかあんのか?」

「お姉様とお兄様に、笑われないで済む」

 エレアの即答に、自然とかわいた笑いがれる。

「ほかには?」

「悠真はレヴァース法術学園がどういう場所か、どこまで知っているの?」

「ああ、えっと法術の専門学校……としか知らないな」


「法術の知識や扱いを学ぶ、養成所ようせいじょね。騎士や衛兵、冒険者や賞金稼ぎ――卒業後はそれぞれ進む道が異なるけど、どれも一貫いっかんして力がないと話にならないわ」

 悠真は口をはさまず、無言のうなずきで応える。

「賞金稼ぎ、あるいは騎士や衛兵であればまもったり攻めたりとした力ね。冒険者なら未開地みかいち探索や秘境ひきょうへ行くのだから、切りひらく力が必要となるわよね。こうした力は、別に独学どくがくでも構わないけど、より高められる場所がレヴァース法術学園なの」

「んぅ、確かに……俺は学園の生徒じゃないけど、黒鉄騎士団に推薦すいせんされたからな」

「お前は特例中の特例だわ。お父様からあんな言葉をかけられる人そういないから。大多数は学園内で育った、きわめて優秀な人材を引き抜いているの」


 あまりにも買いかぶられていると思い、悠真は冷や汗をかいた。

 自分を卑下ひげするわけではなく、単純に力不足もはなはだしい。エレアの兄が、騎士団に入団する場合は試験があると言っていた。どう考えても落ちるとしか思えない。

 悠真はふと、人通りがどんどん減っているのに気づく。

 どうやら裏通りのほうへと進んでいるようだ。

「三年に一度の法術学園祭は、参加が強制ってわけじゃないのよ。参加はあくまでも任意にんいね。けれど、自分の力を見せつけられる場でもあるわ」

「アリシアからの教えだけど、そういうの本来はおおやけにしちゃだめなんじゃないのか。過去現在未来と、敵対関係の者に対策をられるからって言われたぞ」


「自分の手の内を周りに明かすのにひとしい行為こういではあるからね……だから、任意での参加型なのよ。それに全員が全員、攻撃系統の秘術が得意とは限らないし」

 悠真は腕を組み、うなった。

「ただ……秘術の大半はありふれた雛形ひながたでしかないの。自分で編み出した秘奥術ひおうじゅつは、切り札として大抵の人が持っているものだからね。しかも騎士団でもなんでも、二人一組が基本中の基本だし、数人での行動が義務ぎむというのもめずらしくないわ」

 エレアの説明を聞き、悠真は納得する。

「ああ、だからお互い補佐し合えるように、催しでは二人一組が通例なのか」

「ええ、そういう話ね」


「まあ、考えてみれば呪われた屋敷で発動したエレアの秘術も、言っちゃえばだれかの真似事まねごとみたいなものだったもんな」

「あれは、雷属性を持った者が扱える有名な秘術の一つだからね……最初は、ただの真似事かもしれないけど、そこから自分だけの形を見つけて作り上げていくのよ」

 エレアが唐突とうとつに足を止めた。

 薄暗い通路にいるせいか――彼女の顔に、影が差しているように見える。

「ねえ、悠真……これは私の勝手な見栄みえってだけで、お前にはとくどころか、おそらく都合つごうにしかならないけど……でも、みんなを見返す、いい機会でもあるの。だから私は、どうしても優勝がしたいわ。いいえ、絶対に優勝しなければならないの」


 金色の瞳をわずかに涙でうるませ、エレアは力強い眼差しで見据みすえてきた。

「その……」

「秘力のない俺がどこまでできるかわからないが、可能な範囲でいいならな」

 一瞬泣きだしそうな顔をしてから、エレアはかぶりを振った。

 りんとした表情へと変わった彼女は、そっぽを向きながら腕を組んだ。

「ま、まあ、下民げみんが貴族にくすのは当然よね」

久々ひさびさな感じがするな、貴族きぞくさま。つか、屋敷での一件で見返せなかったのか?」

 エレアが苦笑しつつ、視線を泳がせた。

「あれは、その……御付おつきの二人が、強かったんじゃないかって言われて」


「ああ、そうか。俺もシャルも、名前をせさせたんだったな」

 悠真はおかしくなり、大笑いする。

「な、なんで笑うのよ」

「攻撃力に関しては無能むのうを極めた三人組でさ、あんな初見しょけんごろしの怪物を倒したのに、評価はまったく変わらずって笑っちまうよな……あっはっはっ」

「ぜ、全然おもしろくないから!」

 憤慨ふんがいしたエレアに、悠真は笑いをこらえた。

「なんにしても、優勝できるかどうかはわからないが、できる限りやろうぜ」

「……うん」


「じゃあ、行くか」

 悠真はエレアに笑いかけ、先を進んだ。

「悠真!」

 首だけ振り返ると、エレアが右側を指差していた。

「学園は、こっちよ?」

「そっちかよ!」

 あきれ顔で両手を腰に置き、エレアは短くつぶいた。

「本当、お前は締まらないわね」

 エレアの言葉に同意せざるをない悠真は、肩を大きく落とした。



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