終幕 夕日に染まった草原
世界は
見渡す限り広がる草原の草地に寝転んで、悠真は赤く染まった空を眺めた。
アリシアは
悠真達の手配状は、アリシアの
そして、シャルは――
「悠真さんは、これからどうするんですか……自分のいた世界に帰るんですか?」
隣で腰を下ろしているシャルが、ゆったりとした声で尋ねてきた。
悠真はふと記憶がよみがえり、さっと上半身を起こしてシャルと並び座る。
「あぁ、そうそう。シャル、お前さ……話は、ちゃんと最後まで聞こうぜ。俺もう、元の世界には戻れないんだ。だからあっちへは二度と帰れないし、行けもしない」
「えっ……?」
やや裏返った声をあげ、シャルは
世界と世界を
次第に、シャルの表情が驚きに満ちていく。
「そんな事情で、俺はこっちの世界にずっといるしかないんだ」
「ご、ごめんなさい……ちゃんと、話を最後まで聞くべきでした」
シャルが
たっぷりと二呼吸ほどの間を置き、シャルが浮かない顔で
「きっと、
「あぁ、まあ……職場の人達には
なんと返答すればいいか迷っているのか、シャルは口を閉ざした。
特に返答を期待しているわけでもない。悠真は静かに笑っておく。
「でも、本当。それを踏まえた上で、どうするかな。別にあてもないんだよな」
悠真はまた空を
「えっ? 夕焼けのせいか? 月の色が昨日とまったく違う気がするんだが」
「昨日は
「なんだ、嵐月って?」
悠真は訳がわからずに問うと、シャルが月に関しての説明をしてくれた。
まるで月の満ち
どこか
「マジか……俺のいた世界じゃ、基本的に月は黄色っぽい色でしかなかったからな」
悠真は
「特にあてもないって言ったけど、そうでもないのかもな。俺は、まだこの世界を、まったくと言っていいぐらい何も知らない。だから、少しずつ知りたいかな」
「……どこかへ、旅立ってしまうんですか?」
小首を
「冒険者か……いや、旅人か。それも、いい考えかもしれないな。でも、当面は商業都市で生活の
大陸の外側は、シャルもあまりよく知らないと言っていたのを思いだした。生活の基盤を学んで整えたのち、シャルと一緒に世界を見て回るのもおもしろいと考える。
お互い見知らない新しい物事を知っていくのは、きっと楽しいに違いない。しかしそれは、あくまでも
もっとシャルの
「そうですか……」
「なんだよ、どうした?」
やや沈黙を
「私はずっと……
シャルが顔を
「だから、その……私も、悠真さんと同じ
夕焼けの光のせいもあってか、まるで一枚の絵画を思わせる光景だった。
夕日を
少し
「俺はシャルも……その、一緒に旅をしてくれるものだって勝手に思ってた」
シャルの肩と銀色の瞳が、わずかに揺れた。
照れ
「一人旅もいいかもしれないが、ちと
心から嬉しそうな笑みを浮かべるシャルは、胸の前で両手の指を
「はい。一緒に行かせてください。私も、悠真さんと世界を見て回りたいです」
シャルの
何一つとして
「あとさ、もういい加減、敬語じゃなくていい。もっと楽に話してくれ」
「はい。あ、えっと……うん、そうするね、悠真さん」
「その〝さん〟も、やめないか? 年も二つしか変わらないんだ」
「うん、わかった。悠真」
シャルは意外と、すんなり呑み込んでくれた。
「あと……これからは、人の話は最後までちゃんと聞こうな」
「悠真がそう言うなら、うん。そうするね」
悠真は半眼でシャルを軽く
「呑み込み早すぎじゃね? 俺の言葉が、神の言葉みたいになってるじゃねぇか」
「悠真が言うなら、私はなんでも従うよ」
シャルは柔らかく笑い、小首を
(ん、なんでも……?)
一瞬だけ変な想像をするが、悠真は
気まずい気持ちを
「悠真は、私の英雄だから……
「英雄、ね」
ここは地球でもなければ、日本でもない。別の惑星、ネクリスタと呼ばれる星――別の世界なのに地球とどこか似ていて、そしてまるで違う世界だ。
「俺さ、自分のいた世界では……本当につまらない生き方をしてたんだ」
シャルが
しかし悠真は、草原を見つめ続けた。
「母親が病死したとき、きっと一緒に俺も生きる気力を失ったのかもな……目的も、理由も、未来への希望も、なんかどうでもよくなっちまった。別にさ、死にたいとか思ってたわけじゃなく、ただ
悠真は意識して微笑み、シャルに顔を向けた。
「でもさ、こっち世界に来て……自分なんかとは比べものにならないぐらい、つらい人生を歩んできたシャルと
「そういう意味じゃ、俺にとっての英雄はシャル……お前なんだ。こうやって自分が変わるきっかけをくれて、人生が楽しいと思わせてくれたんだからな」
「悠真……」
「本当に、ありがとう。だから、たとえこの先どんなことがあったとしても、たとえ世界中の人を敵に回したとしても、俺はシャルの味方でいる。ずっとだ」
シャルの目から涙がこぼれ落ちていく。
「ご、ごめん。違うの。これは
何度シャルの涙を見たのだろうか――ただ、この涙は悪い涙ではない。
悠真は微笑し、涙を指で
つかの間の硬直後、シャルが涙を流しながら
「夢を見るのがね、好きだったの。小さい
「そりゃあ、
シャルは
「私は
「シャル……」
「それでも、夢なら誰の目も気にしない。自由だったの。でもね、そんな夢でも……一つだけ絶対に
「うぅん……叶わない願いか。なんだろうな」
「夢は覚める……でも、これは夢じゃない現実で、きっと覚めないよね?」
悠真はゆっくりと
「ああ、覚めない。これは現実で、シャルは禁忌の悪魔じゃない。光の聖女だろ」
涙で
不意に、シャルが寄り
耳を
悠真の心音が速まった。その音が、シャルに届いているかもしれない。
(でも、なんか、いい雰囲気だな……もしかしたら……)
思ってから、悠真は胸中で否定する。こちらの世界の恋愛事情はよくわからない。それに今まで、異性と恋人的な
だから悠真には、少し
日本と同様――気持ちを伝えれば、恋愛を
それが非常に怖く思う。そもそも、知り合ってからまだ間もない。シャルに
「今、幸せなのかな? この感情はよくわからないけど、心が心地いいの」
はっと、悠真は気づいた。こちらの世界がどうのこうのではない。
シャル自身、人が人として歩むべき道を正当に歩んでこなかったのだ。
自分自身に
「なあ、シャル」
「ん……?」
「これから俺もシャルも、いろいろ学んで、いっぱい知って、たっぷり楽しもうな」
これが、悠真の出した結論だった。シャルは言葉なく、柔らかな笑みを見せた。
(
瞬間――眼前に、白色と青色の紋章陣が二つ同時に
シャルが秘術を
じっと見守っていると、紋章陣から子供の姿をしたヨヒムとニアが
「やあ。シャルお姉ちゃん、悠真お兄ちゃん」
「こんばんわ。シャルお姉ちゃん、悠真お兄ちゃん」
満面の笑みで、ヨヒムとニアは軽い
「そうだ……お前らに言いたいことがあったんだ。やってくれたな? 俺は本当に、お前らを普通の子供とばかり思ってたんだぞ」
「えへへ、ごめんね、悠真お兄ちゃん」
ヨヒムは頭を
「闇の精霊王ガガルダが連れてきた人が、どんな人なのか知りたかったのよ。私達も闇の精霊王と
悠真ははっとする。その言葉が意味するのは、一つしかない。
「え? ニアとヨヒムは、悠真が異世界の住人だって、最初から知っていたの?」
シャルの
「もちろんさ。でも、安心して。それを知っている人はシャルお姉ちゃんだけだし、精霊もガガルダに深く縁のある精霊ぐらいしか、知らないはずだから」
がっくりと悠真は
「また、ガガルダか……」
「闇の精霊王ガガルダが連れてきた人に、間違いはなかったね」
ニアの言葉が終わるや、二体の精霊はシャルに
「シャルお姉ちゃん。
「シャルお姉ちゃんのお母さんとの契約が、今をもって終了したの」
シャルは
「え、な、何を言っているの? どういうこと?」
「シャルお姉ちゃんのお母さんと交わした契約は、シャルお姉ちゃんが心の底から、本当に幸せだと感じる日が来るまで――今、シャルお姉ちゃんはそう感じたよね」
「幸せだと思えるように、私達はこれまで導いてきた。そして今、その
「人として歩める世界を知り、未来へ希望を持ち、心の底から本当の幸せを感じた。だからもう、シャルお姉ちゃんのお母さんとの契約は終わった」
シャルが
「そ、そんな、突然……私は、ニアとヨヒムが――」
「契約は契約――それ以上は望めない。それは、よくわかっているでしょう?」
ヨヒムが小さな手で、シャルの発言を制した。
ニアがシャルの
「だから、今度は……シャルお姉ちゃんが、私達と契約しにおいで」
ヨヒムは両手を大きく広げた。
「僕は光の精霊主ヨヒム。いつか
「私は水の精霊主ニア。いつでも私達は、シャルお姉ちゃんに
シャルの目から涙が落ちる。しかし彼女の眼差しに、
「わかった。待っていてね。私、必ずニアとヨヒムのところに、絶対に行くから」
ヨヒムとニアは満面の笑みで
緊張の糸が切れたように、シャルは唇を結んで
これが最後の別れではない。またいつの日か、会える日がくる。巫術士として
ただ、そう遠くないうちに、きっとまた会えると思えた。
子供のように泣きじゃくるシャルの頭を、悠真は
彼女は
それでも〝人を育てる〟大変さであれば、少しはわかっているつもりであった。
ヨヒムとニアも、本当はもの凄く
「大丈夫。またすぐに、会えるさ」
シャルが、悠真の胸に顔を
やはり
「ああ……よし、一緒に行こう。ヨヒムとニアを迎えに、俺もついていくから」
「うん。うん……お願い、悠真」
「おう、約束だ。ヨヒムとニアを迎えに行ってから、一緒に世界を見て回ろうな」
すすり泣くシャルが落ち着くまで、悠真はずっとシャルを抱き締めておいた。
夕日に染まった異なる世界の中で、ずっと――
ただ、ずっと――
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