第三十六幕 異なる世界から仰ぎ見る空
商業都市から
周囲は
「開かないわよ。噂では、結構な攻撃を与えても開かなかったらしいから」
「
腕を組んでいるアリシアの隣で、シャルが小さく
(なるほど、鍵ってそういうことか。まあ、確かに安心っちゃ安心だな)
悠真は扉に、そっと手を当てる。
「久遠悠真」
瞬間――小屋から光の
「えっ! な、何? 悠真君、何をしたの?」
「ここの鍵は俺専用なんだ。闇の精霊王が、俺の名前を言えば開くって言ってた」
アリシアは目を白黒とさせていた。隣にいるシャルも目を丸くしている。
再び扉に
「お、ちゃんと開くな」
小屋の内部は、ずいぶんと殺風景であった。
「なんだ、机ぐらいしかないじゃないか」
木造の机の上に、丸々と太った革製の
封筒を拾い上げ、裏と表に目を通した。そこには何も書かれていない。
封筒の端を
二枚の内の一枚を広げ、悠真は目を見開いた。日本語で文章が
「これは、どこの文字ですか?」
「何よ、これ……こんな文字、初めて見たわ」
シャルとアリシアが
「ははっ……これは、俺がいた国の文字だ。だから知らないのも無理はない」
アリシアは
シャルとアリシアを少し眺めたあと、悠真は手紙に視線を落とした。この世界に、父親がどうやって
どうやら、本当に事故的な感じで異世界へと来てしまったようだ。
仕事で
そんな父親に追い打ちをかけるかのごとく、
瞬間的に死を覚悟した父親は、目覚めると見知らぬ
そこからは、ガガルダへの
(心残りは、地球に残してきた家族のことだ。
悠真の視界が、次第に
(どれだけ離れていようとも、心は何一つ変わらない。本音を言えば、綾香と一緒に老い、悠真の成長を見守りたかったが……私は今、戦争の真っただ中にいる。戦争の引き金となった二人は、このネクリスタと呼ばれる異世界で出逢った友人達だ。その二人が
悠真は、ガガルダが告げた法術戦争の話だと
(だから私は、二人の友として戦争を終わらせたい。いつか息子に
悠真は必死に
「何が祈っている、だ。俺や母さんが、どんな目に
悠真は
それは父親の気持ちを、ガガルダの気持ちを知ってしまったからに違いない。
異世界を訪れて、悠真は父親に対する恨みが完全に消えた。父親と同様、悠真にも
「悠真さん……」
「まったく、俺の親父には
悠真は涙を
「
ガガルダと名前が書かれた部分を見て、差出人の
どうやら父親に日本語を学んでいたらしく、
内容は
その中で不明瞭だった部分も記されている。
(マジか……秘力や秘術へ名称が変わった
悠真は机に置かれた、皮で作られた
「この
悠真は手紙を置き、丸々と太った袋をひっくり返した。
じゃらじゃらと音を立てて、硬貨と思われる物が大量に落ちていく。
「ちょっと、これって――」
アリシアが驚きの声をあげた。隣にいるシャルも目をまばたかせている。
「通貨かなんかなのか?」
「いいえ、今はもう違うわ。失われた旧時代の
悠真は一枚を拾い上げ、苦笑交じりにアリシアの手に握らせた。
「別にいいぞ、持ってけよ」
おっとりとしたアリシアの眼差しに、きらきらとした輝きが宿る。
「ほ、本当? 本当にいいのかしら?」
「おう、シャルも一枚持っとけよ。俺も一枚持っておくから」
硬貨の山の中から、悠真は五枚を拾い上げた。
一枚をシャルに手渡して、もう一枚は自分の
あと三枚のうち一つは、エレアにあげるために――手に持った最後の二枚は、商業都市で悠真が
そして机の上に残された大量の硬貨には、すでに別の使い道が浮かんでいる。
「おい、お前! 私を
ちょうどよいタイミングで、エレアが来た。
「おお、ありがとう。それでピピン、早速だが聞きたい」
悠真は、小屋の外にいるピピンに歩み寄っていく。
「ピピンの言ってた商霊誌ってさ、普通の人でも
「もちろんね。情報に
悠真はそっと笑い、一冊の書物を胸の前に
「これは
驚きの表情を浮かべ、ピピンは身を
「えっ? それ本当なのねぇ?」
「本当だってば。見てみてくれよ」
悠真はピピンに書物を手渡した。ピピンはまじまじと観察し始める。
「あやぁ、本当なのねぇ……霧の摩天楼の品には、一つ
悠真はじっと目を
「これなら
「ああ、ピピン。商霊誌には、別に俺の名前は出さなくてもいいからな」
「でも、覇者となった人物は少ないのね」
有名になればなる分だけ、変な事態に巻き込まれる可能性は
異世界の住人は、
「まあ……俺が覇者ってことを知ってる人は限られているからな。だからさ、できる限りといった程度で
「お客さんがそういうのなら、いいのね。わかったのねぇ」
悠真は微笑んで
「あ、そうそう、ピピン。ちょっと待っててくれ」
悠真は小屋の机に向かい、出した硬貨を革袋の中へと戻していく。
そのとき、まだ革袋に一枚の紙のような物が入っているのに気づいた。
三歳ぐらいの自分に寄り
写真はポケットに入れ、硬貨を全部袋の中に戻す作業を再開した。
詰め終えたあと、ピピンの待つ場所へ戻り、悠真は革袋をそっと差し出す。
「これ旧時代の硬貨なんだって。売れば大富豪に匹敵する金持ちになるらしいぞ」
ピピンは
「ふっふっふっ……どうだ?」
「あやぁ……相当な金額になりそうなのね。これを、お金に変えてほしいのね?」
首を横に振り、悠真は苦笑交じりに告げる。
「いや、ピピンに全部やるよ」
周囲が凍りつくや
「ちょ、ちょっと、悠真! お前、頭おかしいのっ?」
「な、なんだよ、急に……つか、エレア。初めて俺を名前で呼んだな」
エレアが少し
「な、何よ。
「ねぇよ。それに、ちゃんとお前の分は取ってあるから安心しろ。はい、これな」
悠真は、エレアの手を取って硬貨を握らせた。
「そ、そういう話じゃない。だって、もの凄いお金よ!」
「そ、そうよ。これほどのお金、個人ではもう二度と
エレアとアリシアに
「ピピンには
「気にしなくてもいいのね。あれだけ必死に頼まれたら、普通は断れないのねぇ」
ピピンの発言で、エレアが
「何を頼んだのよ」
「そこの銀髪の少女の怪我を
「わぁああわぁああわぁああ! 余計なこと言わなくてもいいんだよ!」
「別に照れる必要ないのね。ピピンは立派だと思うのねぇ」
悠真は腕を組み、
「それよりさ、ピピン」
「なんなのね?」
「硬貨の
「悠真さん……」
シャルの
「俺さ、マジで感謝してるから」
「わかったのね。商霊が困った
「ああ、ありがとう。あと商霊誌のほうもよろしくな」
「少しの間、書物を借りるのね。ちゃんとお返しするから、安心してほしいのね」
了承してくれたピピンに
「それで、ピピン。俺はピピンにとって、ちゃんと〝お客様〟になれたか?」
ピピンは小さく飛び跳ねた。
「もちろんね。これからも、ご
悠真は静かに笑い、晴れ渡る空をそっと見渡した。
異なる世界から
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