第三十ニ幕 命を賭した覚悟
悠真は目を
剣で裂かれた場所から、目視できるぐらいの
「んなっ、
剣を受け流すのと同じ要領で
横に移動して
今度はアルド自身が素早く詰め寄り、本物の
かろうじて籠手でいなしたあと、悠真は距離を離していく。
(おかしいぞ。俺の理論が間違っているのか。どうしてこんな、ぽんぽん出せんだ。いや、違う。本当に連続して出せんなら、間合いを詰めてくる必要性がない)
ふと悠真の
呪われた屋敷で、シャルが節約していると言っていた。よく考えてみれば、秘術のすべてが全力で
アルドの行動とシャルの発言から、悠真の脳内で連想が駆け抜けていく。
「
第一声で
魚の鱗を思わせる光る壁を
光る壁に
「んなぁっ――」
狙い通りといった、アルドの笑みが視界に入る。剣が縦に振り下ろされた。
悠真は
その衝撃を利用して、不格好ながらも立ち上がるのに成功する。
「ぐっ――」
ただの
手元を蹴られたせいで、剣を握る手の力が弱まっている。
(今だ! 全力じゃなくていい。一部でもいいんだ!)
一呼吸の間もなく、悠真は左手を胸に当てて叫ぶ。
「闇の精霊王ガガルダ! お前の精霊術だけを貸せ!」
まばゆく輝いた左手を、悠真は前に突き出した。
瞬間――
漆黒の光芒がアルドの剣身に
アルドの剣は大広場の外へと舞い、
「はぁ、はぁ、はぁ」
疲労感はあるが、倒れ込むほどではない。全力疾走したあとの感覚に似ていた。
「闇の精霊王、だと? まさか、そんな……!」
剣が吹き飛ばされてから十数秒ほどしてか、水の跳ね上がる音が小さく響いた。
どうやら大広場の下には水が溜まっている。
敗者側も勝者側も、
深さはわからないものの、着水の衝撃で死ぬ可能性も
悠真は、どう対処するのが正解なのか導き出せずにいた。
心底、
もしそんな名目の
(そんなの、試練でもなんでもねぇだろ!)
そんな悠真をよそに、アルドが
「なんなんだ、
アルドが首から首飾りを取り出し、握り締めた。
指の
まるで
「認めよう。貴様には、確かに英雄の素質があるのだろう」
悠真は自然と
「は、はぁ? 英雄?」
「たとえ力が足りずとも、どんな
「私は英雄に
勝手に一人で盛り上がり、一人で納得している。悠真は心から
「全身全霊を持って、貴様を討ち取らせてもらう!」
「あのさぁ……言わせてもらうが、お前は絶対に英雄なんかなれねぇよ」
悠真は拳を構え、
アルドの顔に
「何度でも言ってやる。お前は英雄になんか、絶対になれねぇから安心しろ」
「わ、私の夢を、
悠真は冷静にアルドの
「き、貴様に、私の何がわかる! ここまで実績を積み重ねてきた!」
アルドは、完全に冷静さを失っていた。
しかし剣術は何一つとして曇っていない。相当な修練の
「私は……私が、英雄になるのだ!」
アルドの言い放ったとき――アルドの
「悠真さん!」
シャルの悲鳴
少しでも気を抜けば、発狂しそうなぐらいの痛みであった。だが、これは斬られたわけではない。わざと彼に斬らせたのだ。だからかろうじて冷静さを
極わずかだが、アルドに気の
悠真は確信する。そんな綻びを見せるほどまでに、彼は追い詰められていた。
右拳に全神経を集中させ、悠真はアルドの
後ろのほうへ吹き飛んだアルドの背が、地面をこすっていく。
血が逆流する
「どれだけ実績を積もうが、どれだけ相手に
アルドは少しずつ起き上がっていく。その顔は、
「俺の家庭はさ、別に裕福ってわけじゃなかった。それでも、俺の母親は女手一つで家庭を護ろうと頑張ってたんだ。でも、努力だけで
「
喋りながら再生した腕を確認していると、シャル達の
今は対応せず、悠真はアルドに向かって続ける。
「まあ、それ自体は長く続かなかったが、小さかった俺には結構トラウマだったし、弱い自分が
悠真は右の拳を
「護りたいと思える人を護れるんなら、それで構わない。そんな俺から言わせれば、英雄になるのが目的となっているお前は、絶対に英雄なんかなれねぇよ」
「ぐっ……」
「最上へと行けば、英雄になれる力が
悠真は、シャル達に目を向けた。
(ガガルダ、フェリアエス……俺は、いったいどうすればいい?)
当然、返答があるはずもない。どちらも、もう二度と会話できないのだ。
しかしなぜか、胸の内側がほんの少しだけ
それでも、悠真には感じるものがあった。
「たとえ
「それでも、私は――」
「シャル、エレア、アリシア、うるさい女、ちゃんと衝撃に備えておけよ!」
「悠真君、それを発動してはだめ!」
「闇の精霊王ガガルダ! 俺に力を貸せ!」
アリシアの叫びと、悠真の言葉が重なった――黒い
ほどなくして、視界が晴れると同時に、闇の精霊王そのものに転化を終えた。
少し薄暗くなった視界の中で、
時間は限られている。左手に黒い紋章陣を
アルドが剣に光を
(速攻で決めてやる……!)
アルドが剣を振り下ろした。悠真も黒い紋章陣を、右拳で
光と闇の
同等の力だったのか、交じり合った光と闇が爆発に近い
剣筋を予想してかわした直後、悠真はアルドの腹部に
白い鎧を軽々と
体がくの字に折れ曲がったアルドの首に、悠真は蹴りを
上空へ飛び上がり、アルドを見定める。翼をすぼめ、今度は落下していく。
(シャルの痛みを知れ、アルド!)
石造りの地面が
「がぁ……はぁっ……」
胃液と血液を
よろめきながら後退し、悠真は転化を解く。
「うぶぁあ……」
(もう少し、もう少しだけ、もってくれ……)
悠真は震える手で、胸に手を当てた。
「おい、お前!」
「水の精霊主フェリアエス、俺に、力を貸せ!」
今度は、エレアの声と悠真の言葉が重なり合った――
やがて全身を冷ややかな水が包み込んだ直後、
視界に入った腕は、透き通るように青い。フェリアエスの意識が流れ込んでくる。
「勝者、黒髪の青年。それではこれより、
すぐさま悠真は青い両手を横へと広げ、指先を上に跳ねさせる。
それでも
噴水のごとく突き上がった水が、二つの
銀色の髪をした少女が
「悠真さん! もうやめてください!」
悠真は転化を解き、元の姿へと戻る。
地に
(あと少し、まだだ。刑を
目を向ける
「闇の、ガガ……俺、ちか、を、せ」
声を絞り出し、再び悠真はガガルダへと転化した。
転化中は、なぜか痛みが
悠真は立ち上がり、一番近かったリアンの
「貴様、なぜだ――なぜ、私まで」
リアンの言葉を
人が通れる大きさまで、無理矢理こじ開けておく。
悠真は素早く、シャル達のいるほうへ向かった。
「もうやめてください。悠真さん、死んじゃいます。お願いします! お願い!」
「お前! どれだけの生命力を失っているのかわかっているのっ?」
「悠真君、早く転化を解きなさい! 取り返しのつかないことになるわよ!」
「悠真さん! 転化を解いてください! 早く!」
涙を流しているシャルや、
(これで、もう、大丈夫……)
思うや
悠真の意識もそのときまた、一緒に消え去った。
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