第三十ニ幕 命を賭した覚悟



 悠真は目をき、腕を交差して防御にてっする。

 剣で裂かれた場所から、目視できるぐらいの斬撃ざんげきが光の衝撃となって飛んできた。飛ぶ斬撃が漆黒しっこく籠手こてと交わった瞬間、貴金属を切るのにひとしい轟音ごうおんを響かせる。

「んなっ、反則はんそくだろうが!」

 剣を受け流すのと同じ要領ではじいた。わずかに籠手が傷を負ったのを感知したが、矢継やつばやに二撃目、三撃目、四撃目と、アルドが飛ぶ斬撃を放ってくる。

 横に移動してけたものの、それは彼の計算の範囲内だったのであろう。

 今度はアルド自身が素早く詰め寄り、本物のやいばびせようと剣をいだ。

 かろうじて籠手でいなしたあと、悠真は距離を離していく。


(おかしいぞ。俺の理論が間違っているのか。どうしてこんな、ぽんぽん出せんだ。いや、違う。本当に連続して出せんなら、間合いを詰めてくる必要性がない)

 ふと悠真の脳裏のうりに、ある一つの記憶がよみがえる。

 呪われた屋敷で、シャルがしていると言っていた。よく考えてみれば、秘術のすべてが全力で行使こうしされているわけではない。出力的なものがあるのだ。

 アルドの行動とシャルの発言から、悠真の脳内で連想が駆け抜けていく。

煌々こうこう輝門けいもん燐光りんこううろこよ、すべて隔絶かくぜつせよ」

 第一声でえがかれた白い紋章陣から、半透明に光る六角形の壁が生まれる。

 魚の鱗を思わせる光る壁をたずさえ、アルドが突進してきた。


 光る壁に激突げきとつされ、悠真は姿勢を大きくくずす。

「んなぁっ――」

 狙い通りといった、アルドの笑みが視界に入る。剣が縦に振り下ろされた。

 悠真は咄嗟とっさに、わざと地面に転んだ。受け身を取るや、アルドに蹴りをはなつ。

 その衝撃を利用して、不格好ながらも立ち上がるのに成功する。

「ぐっ――」

 ただの偶然ぐうぜんで、狙ってやったわけではない。アルドの顔がしぶくなっていた。

 手元を蹴られたせいで、剣を握る手の力が弱まっている。

(今だ! 全力じゃなくていい。一部でもいいんだ!)


 一呼吸の間もなく、悠真は左手を胸に当てて叫ぶ。

「闇の精霊王ガガルダ! お前の精霊術だけを貸せ!」

 まばゆく輝いた左手を、悠真は前に突き出した。

 瞬間――禁断きんだん魔導まどう生命体との戦いで見せた、黒い紋章陣が虚空こくうに浮かぶ。右拳をたたき込むと、くうつらぬく砲撃音を響かせながら漆黒の光芒こうぼうほとばしる。

 漆黒の光芒がアルドの剣身にれ、強くはじき飛ばす。

 アルドの剣は大広場の外へと舞い、奈落ならくに落ちていった。剣をくだいたわけではないことから、威力は転化したときの半分すらもないようだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」


 疲労感はあるが、倒れ込むほどではない。全力疾走したあとの感覚に似ていた。

 上手うまく成功して、悠真は心の中で喜んだ。対して、アルドの表情は硬い。

「闇の精霊王、だと? まさか、そんな……!」

 剣が吹き飛ばされてから十数秒ほどしてか、水の跳ね上がる音が小さく響いた。

 どうやら大広場の下には水が溜まっている。

 敗者側も勝者側も、おりが落下すれば溺死できしまぬがれないに違いない――いや、アルドの剣が着水するまでの時間を含めて考えると、その高さは計り知れなかった。

 深さはわからないものの、着水の衝撃で死ぬ可能性も充分じゅうぶんはらんでいる。

 悠真は、どう対処するのが正解なのか導き出せずにいた。


 心底、いやな展開が施されている。そもそも、捕虜ほりょがわがどちらも処刑されるといった理由が釈然しゃくぜんとしない――たとえ仲間を失ったとしても、前に進む強さを見せる。

 もしそんな名目の試練しれんなのだとしたら納得はできない。また認められもしない。

(そんなの、試練でもなんでもねぇだろ!)

 そんな悠真をよそに、アルドがするどい眼光を宿して見据みすえてくる。

「なんなんだ、貴様きさま……どうして私を、これほどまでにかき乱させるのだ」

 アルドが首から首飾りを取り出し、握り締めた。

 指の隙間すきまからまばゆい光がれ、振り払うように虚空こくういだ。

 まるでぎだらけの物々しい剣が、アルドの手には握られていた。


「認めよう。貴様には、確かに英雄の素質があるのだろう」

 悠真は自然とほおが引きつり、首をかしげる。

「は、はぁ? 英雄?」

「たとえ力が足りずとも、どんな逆境ぎゃっきょうをも乗り越える……それが英雄の素質だ」

 突飛とっぴもない会話に、悠真は困惑こんわくする。アルドがゆっくりと剣を構えた。

「私は英雄にあこがれている。それが、覇者はしゃとなればかなうのだ。だから私も、この逆境を乗り越え、最上へ辿たどり着く。リアンの死を無駄むだにはしない」

 勝手に一人で盛り上がり、一人で納得している。悠真は心から不快ふかいに感じた。

「全身全霊を持って、貴様を討ち取らせてもらう!」


「あのさぁ……言わせてもらうが、お前は絶対に英雄なんかなれねぇよ」

 悠真は拳を構え、嫌悪けんおを息に乗せて吐き捨てる。

 アルドの顔にけんがこもった。威嚇いかくする獣のごとく、み締めた歯が見える。

「何度でも言ってやる。お前は英雄になんか、絶対になれねぇから安心しろ」

「わ、私の夢を、侮辱ぶじょくするな!」

 すさまじい速さで、アルドが距離を詰めてくる。

 悠真は冷静にアルドの斬撃ざんげきを、身をひねってかわした。

「き、貴様に、私の何がわかる! ここまで実績を積み重ねてきた!」

 叱咤しったに近い声音やけわしい表情からは、余裕よゆうがうかがえない。


 アルドは、完全に冷静さを失っていた。

 しかし剣術は何一つとして曇っていない。相当な修練の賜物たまものを感じさせた。

「私は……私が、英雄になるのだ!」

 アルドの言い放ったとき――アルドの猛攻もうこうで、悠真の左腕が斬り落とされた。

 しびれるようなするどい激痛が脳内に直撃し、熱を思わせる感覚もおそってくる。

「悠真さん!」

 シャルの悲鳴みた声があがった。悠真は必死に痛みに耐え続ける。

 少しでも気を抜けば、発狂しそうなぐらいの痛みであった。だが、これは斬られたわけではない。わざと彼に斬らせたのだ。だからかろうじて冷静さをたもてた。


 極わずかだが、アルドに気のゆるみが生じる。手応てごたえを感じたときに見せる、小さなほころび――斬られても再生すると、アルドはだれよりも知っているはずだった。

 悠真は確信する。そんな綻びを見せるほどまでに、彼は追い詰められていた。

 右拳に全神経を集中させ、悠真はアルドのほおへと突き入れる。

 後ろのほうへ吹き飛んだアルドの背が、地面をこすっていく。

 血が逆流する異様いような感覚の中で、悠真は地に倒れたアルドをにらんだ。

「どれだけ実績を積もうが、どれだけ相手にしたわれていようがな……今、自分の目の前にいるたった一人の女もまもれねぇ奴が、英雄なんか語ってんじゃねぇぞ!」

 アルドは少しずつ起き上がっていく。その顔は、苦渋くじゅうに満ちている。


「俺の家庭はさ、別に裕福ってわけじゃなかった。それでも、俺の母親は女手一つで家庭を護ろうと頑張ってたんだ。でも、努力だけでまかなえるほど、世の中は甘くない。母親が頼った男がくそみてぇな野郎やろうで、暴行を受けるなんてあたりまえだった」

うそ……斬られた腕が? あれはまるで、精霊の……」

 喋りながら再生した腕を確認していると、シャル達の戸惑とまどう声が耳に届いた。

 今は対応せず、悠真はアルドに向かって続ける。

「まあ、それ自体は長く続かなかったが、小さかった俺には結構トラウマだったし、弱い自分がくやしくてにくくもなった。だから、護れる強さが欲しくて格闘術を学んだ。自分も、自分のそばにいる者も護れるように……俺は、英雄なんかじゃなくてもいい」


 悠真は右の拳をあごそばえ、構えを取る。

「護りたいと思える人を護れるんなら、それで構わない。そんな俺から言わせれば、英雄になるのが目的となっているお前は、絶対に英雄なんかなれねぇよ」

「ぐっ……」

「最上へと行けば、英雄になれる力がられるのかもな。でもさ、もしも俺がお前の立場なら、そこの副団長の女を見捨ててまで、最上を目指そうとは絶対に思わない。大切たいせつな人をうしなってまで得る英雄なんか価値がない。ただのくそみてぇな称号だろ」

 悠真は、シャル達に目を向けた。

 一様いちように不安が色濃く表情に浮かび、じっと見つめてきていた。


(ガガルダ、フェリアエス……俺は、いったいどうすればいい?)

 当然、返答があるはずもない。どちらも、もう二度と会話できないのだ。

 しかしなぜか、胸の内側がほんの少しだけうずいた気がする。とてもやさしく、そして温もりに満ちあふれたものだった。言葉はなく、通じ合える意識もない。

 それでも、悠真には感じるものがあった。

「たとえ命懸いのちがけだとしても、俺はシャル達を救いたい。上層も英雄も知るか!」

「それでも、私は――」

「シャル、エレア、アリシア、うるさい女、ちゃんと衝撃に備えておけよ!」

 おりに閉じ込められた者達に伝えたのち、悠真は胸に手を当てる。


「悠真君、それを発動してはだめ!」

「闇の精霊王ガガルダ! 俺に力を貸せ!」

 アリシアの叫びと、悠真の言葉が重なった――黒いもやが、悠真の体をおおくし、視界が闇一色となる。体中がきしむような悲鳴をあげ、必死に痛みをこらえる。

 ほどなくして、視界が晴れると同時に、闇の精霊王そのものに転化を終えた。

 少し薄暗くなった視界の中で、驚愕きょうがくの眼差しをするアルドとの距離を詰める。

 時間は限られている。左手に黒い紋章陣をえがいた。

 アルドが剣に光をたたえさせ、大きくかかげた。

(速攻で決めてやる……!)


 アルドが剣を振り下ろした。悠真も黒い紋章陣を、右拳でつらぬく。

 光と闇の光芒こうぼうは衝突し合い、激しい衝撃音をとどろかせる。

 同等の力だったのか、交じり合った光と闇が爆発に近い破裂はれつを見せた。爆風が肌をでるが、悠真は止まらずに進む。アルドもまた、動きを止めていない。

 剣筋を予想してかわした直後、悠真はアルドの腹部に渾身こんしんの突きをたたき込んだ。

 白い鎧を軽々とくだき、アルドに重いうめきをらさせる。

 体がくの字に折れ曲がったアルドの首に、悠真は蹴りをはなった。吹き飛ぶアルドを視界にとらえたまま、間髪入かんぱついれず今度は漆黒しっこくの翼を羽ばたかせる。

 上空へ飛び上がり、アルドを見定める。翼をすぼめ、今度は落下していく。


(シャルの痛みを知れ、アルド!)

 仰向あおむけで倒れているアルドの腹部に、速度を利用した蹴りを食らわせる。

 石造りの地面が蜘蛛くもの巣状に割れ、けたたましい音を立てた。

「がぁ……はぁっ……」

 胃液と血液をき散らし、アルドが悶絶もんぜつした。

 よろめきながら後退し、悠真は転化を解く。

「うぶぁあ……」

 朦朧もうろうとする意識をかかえ、悠真はのどの奥から逆流する血を吐き出した。

(もう少し、もう少しだけ、もってくれ……)


 悠真は震える手で、胸に手を当てた。

「おい、お前!」

「水の精霊主フェリアエス、俺に、力を貸せ!」

 今度は、エレアの声と悠真の言葉が重なり合った――虚空こくうに大小と水滴が生まれ、ただようように浮遊している。悠真の体に無数の水滴が打ち込まれた。

 やがて全身を冷ややかな水が包み込んだ直後、はじけ飛んで霧散むさんする。

 視界に入った腕は、透き通るように青い。フェリアエスの意識が流れ込んでくる。

「勝者、黒髪の青年。それではこれより、捕虜ほりょの刑を執行しっこうします」

 淡々たんたんと述べたミアストの声が耳に届いた。


 すぐさま悠真は青い両手を横へと広げ、指先を上に跳ねさせる。

 おりつないでいたくさりが切れ、シャル達が悲鳴をあげながら落下していった。

 それでもあわてず、悠真はフェリアエスを信じて意識を集中させる。見えなくても、不思議とわかった。水がすべて味方をしてくれているようだ。

 噴水のごとく突き上がった水が、二つのおりを持ち上げてくる。水に意志を送って、二つの檻を大広場へ放り投げる形で置いた。

 銀色の髪をした少女がさくつかみ、裏返った声で大きく叫んだ。

「悠真さん! もうやめてください!」

 悠真は転化を解き、元の姿へと戻る。


 途端とたんに――胸を強くたたく心臓が、破裂はれつするかの勢いで鼓動こどうを繰り返した。耳の奥に圧迫感あっぱくかんのある痛みを感じ、体中がねじり切られてしまいそうな感覚におちいる。

 地にうずくまる悠真の視界はかすみ、寒気がして震えが止まらない。

(あと少し、まだだ。刑を邪魔じゃました。だから、おりを……ガガルダなら)

 だれかの声が聞こえた気がしたが、すでに悠真の耳は機能をなしていなかった。

 目を向ける余裕よゆうすらも消え失せ、悠真はすさまじく震える手を胸に当てる。

「闇の、ガガ……俺、ちか、を、せ」

 声を絞り出し、再び悠真はガガルダへと転化した。

 転化中は、なぜか痛みがやわらぐ。


 悠真は立ち上がり、一番近かったリアンのそばに寄る。

「貴様、なぜだ――なぜ、私まで」

 リアンの言葉を無視むしし、悠真は力ずくで檻のさくゆがめた。

 人が通れる大きさまで、無理矢理こじ開けておく。

 悠真は素早く、シャル達のいるほうへ向かった。

「もうやめてください。悠真さん、死んじゃいます。お願いします! お願い!」

「お前! どれだけの生命力を失っているのかわかっているのっ?」

「悠真君、早く転化を解きなさい! 取り返しのつかないことになるわよ!」

「悠真さん! 転化を解いてください! 早く!」


 涙を流しているシャルや、怖気おぞけに満ちた表情のエレアや、恐怖で強張こわばった顔をするアリシアを見ながら、悠真はやや小さくなった檻の柵を大きく歪めた。

(これで、もう、大丈夫……)

 思うやいなや――勝手に転化が解かれる。

 悠真の意識もそのときまた、一緒に消え去った。



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