霧の摩天楼
第三十一幕 理不尽の極み
塔に連れ込まれてから間もなくして、悠真は自由に動けるようになっていた。
しかしずっと暗い闇のままで何も見えない。悠真は声を大きく張りあげる。
「シャル! エレア! アリシア!」
耳を
両手で周囲を確認しながら、一歩、また一歩と
おそらく進んでいる速度は、歩きたての乳幼児と変わらないだろう。ただ、いくら目を
そのため、
(んだよ、これ。まったく何も見えないじゃないか)
胸中で
連鎖的に青白い光が
(ここは……ルニム遺跡ってやつじゃねぇのか?)
あちらとは違い、こちらは手入れが行き届いているのか小綺麗な印象がある。
いまだ
(みんな、どこにいるんだ)
落ち着きを失っていく心の抑制に
(登って来いって、ことか?)
少し階段を上ったところで、ふと悠真の
(まさかとは思うが、罠とかねぇだろうな……)
螺旋状の階段で思いつく罠と言えば、大きな岩石が上から転がってくるか、階段が
塔では試練が与えられると、
数分が
十数分が経ち、
数十分が経ち、激しい息切れと
最終地点がどこなのかわからないだけに、心理的な
無限に続くのではないのかと
出口の先には、
橋の手前で、悠真はゆっくりと外側を
(おいおい、これ……底が見えないぞ)
死を連想させる深い闇が、
下のほうから強めの風が吹き上げ、悠真の姿勢がわずかに
「あ、あぶぉ、あぶねぇ……」
もっと安全な場所にいたほうがいい。
悠真は、橋の先に目を向けた。土台がしっかりしている大広場へ足を向かわせる。歩いている橋が自分の体重で
そのとき、反対側のほら穴から、
「あ、アルド!」
「
悠真は自然と走り出した。黒い指輪に意識を送り、
アルドもまた駆け、腰に帯びていた剣をさっと抜いた。
大広場の中央で、悠真はアルドと
「シャル達を、どうしたんだ!」
「リアンを、どうした!」
ほぼ同時に言い
「それでは、説明いたしましょう」
塔の前で姿を見せたミアストが、いつの間にか
「四名の選出者で行なう
「お、おう……」
無表情ではあるが、ミアストはどこか
(百年の用意がいきなり変更されたら、そりゃあ怒るよな……)
「主様が考案した――つまらないし、くだらないし、何もおもしろくもない試練は、たった一つ。達成した者に最上への道を許します」
「たった一つ、だと……」
アルドは目を白黒とさせた。悠真からすれば、別に最上には興味がない。
「そんなのはどうでもいい。シャル達をどうした!」
「どうでもいい、だと……貴様! ここがどういう場所か、わかっているのか!」
声を
「
「なぜ……! なぜ、貴様みたいな
「知らねぇよ。つか、もうお前が最上に行けよ。俺は連れが
言葉を失ったように、アルドは口をぱくぱくとさせた。
「それは試練の
「言っただろ、俺はシャル達が無事なら最上には興味がない」
無表情のミアストが両手を
それが合図だったのか、大広場の外側に明るく照らされたところが二つ――悠真は不意を打たれ、
黒い鉄製らしき物で造られた強固そうな
別の小さめの檻には、リアンも囚われているようだ。
どちらの檻も、
「なんだ、これは……!」
「悠真さん!」
シャルに続き、エレアとアリシアも名を叫んできた。
囚われているだけで、特に何かをされた様子は見受けられない。
悠真は、ひとまず
「アルド団長!」
アルドが無言で
ミアストが手を叩き、数歩前に進んだ。
「棄権されるかどうかは、試練の内容から判断してください」
あくまでも
「これより両者には、命を
悠真は腹部が締めつけられる思いであった。
アルドの実力は推し量れない。商業都市では秘術も何もない状態での決闘であり、今回に限っては全力で向かってくるに違いない。
「敗者が確定した側の〝
勝つ以外に、シャル達を救う
だからといって、勝利を素直に容認もできない。勝利とはつまり、相手側の捕虜を殺すに
しかしミアストの続けた言葉を聞き、悠真は血の気が一気に引く。
「――檻を落として処刑します。最上を踏み締めるは、両者のどちらかのみです」
「待て待て待て! おかしいだろ! 何を言ってんだ、お前!」
理解不能なルールを聞かされ、悠真はミアストに詰め寄っていく。
ミアストまであと数歩といった場所で、見えない何かに
「あ、あまり近づかないでください。周囲に保護
「言うのがおせぇよ! つか、なんだ、その
「つまらないし、くだらないし、何もおもしろくもないですよね。わかります」
ミアストは
来たくて来たわけではない。悠真は怒りが頂点に達しそうになった。
悠真は立ち上がってから、シャル達を向く。
「エレア、剣で切り裂けないのか? アリシアの
「無理!
「結界か何かで秘力や錬成武具が抑え込まれていて、どうしようもできないわね」
悠真は胸中で舌を打つ。エレア達と同じく、悠真からも何もできそうにない。
大広場の外側にある
おそらくただの檻ではなく、なんらかの
「あの檻は特殊な素材ですので……精霊本体並みの力なしで開けるのは不可能です。まあ、力を
ミアストの言葉に、悠真は拳を強く握り締めた。これでは救い出す方法がない。
「アルド団長!」
「必ずや、信徒共を……
「……わかった。お前の命、
(何を、言ってんだ……こいつら? わかってんのか? 死ぬんだぞ……?)
リアンとアルドの奇妙な関係に、悠真は力を込めて
「ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇら! 本当にわかってんのか! 死ぬってことは、もう二度と会えないし、喋ることだってできないんだぞ!」
アルドが、
「貴様こそ、
「お前、あいつが
「私が……大事に思っていないとでも、思っているのか!」
アルドの目から、
「この私が、部下を駒扱いし、使い捨てにする男だと思うのか!」
アルドの涙で、悠真は自分の失言に気づく。
これは、覚悟――いや、生まれ育ってきた世界での差なのだろう。命を
そうであったとしても、悠真はそれをよしとはしない。
「だったら……だったら、命を賭してでも
悠真は右拳を
「たとえどんな状況でも、諦めてんじゃねぇよ
悠真は、ミアストに視線を
「それからお前の糞みてぇな
「その
ミアストが指を鳴らした瞬間、通ってきた橋が光の泡となって消えていく。
大きな広場は、完全に
「私はレヴァース王国
「覚悟しろ、アルド!」
悠真は自分の声を引き金にして、アルドとの距離を縮めていった。
悠真は剣そのものではなく、彼の手元を
異世界を
この世界に住まう人々は、想像を
しかも
だからこそ、
つまり人が扱う秘術とは、体内に宿った秘力を活用して、初めて実現し
これらを含め導かれるのは、秘力とは体力や精神力といった機能の一つなのだ。
当然、秘力の
ただどんなものにも上限は存在している。悠真はそこに
アルドが放つ
悠真からの一打を受けたアルドが、大きくよろめいた。
(ピピン、精霊じゃなくマジで神様じゃねぇか! ありがとう!)
もう商業都市でアルドと戦った
ピピンと闇の精霊王から力を
シャル、エレア、アリシアから知識を授かり、選択の幅はさらに拡大している。
アルドがやや後退し、
「
静かに
妙な
「
アルドの剣は、
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