第二十七幕 史実を基にした絵本
焦げた
悠真の視線を奪うのは、床の中央に埋め込まれた黒い物体――
「さっきから何を見ているの、お前」
エレアが悠真の隣で
「ああ、いや。これって、暖炉だよな」
「暖炉以外の何に見えるのよ」
苦笑するエレアに、悠真は
「じゃあ、これはなんだ」
「何って……着火するための
暖炉の端にある壁の部分にも、正方形の黒い板が埋め込まれてある。その部分に、エレアが指先で
勢いのある
「うぉおおおっ?」
悠真は目を大きく見開き、異世界の技術に
エレアがまた壁にある黒い板に指先で
「お前、本当に記憶がないのね。こんなの、
エレアの目許にある小さな
「エレア、もうちょい聞いてもいいか? ここにある燃え
「そんなの、錬成具の
納得した悠真は、腕を組んで
暖炉と似た品々が、部屋にはまだたくさんある。日本にある文明品に負けず
悠真は立ち上がり、今度は天井を
「あれは電灯だよな? あれが光る
エレアも腰を上げ、腕を組んでから見上げた。
「
「一度発光したら、どうやって消すんだ? どれぐらいで使えなくなるんだ?」
悠真の質問
「冷却すれば、消灯するのよ。だから電気を発生させる錬成具と、冷気を発生させる錬成具を組み合わせて作られているわ。消耗は……錬成具の
日本と似た部分があれば、まったく
「そもそもの話なんだが、錬成具って……いったいなんだ?」
エレアの
「錬成具は錬金術師が作製した品々の総称ね。暖炉なら火、電灯なら雷と氷の属性があるわよね。例外を除けば、人は一つの属性しか持っていない。だけど、錬金術師は本来なら扱えない別の属性を、
悠真からすれば、それは
ある意味、地球で物を生み出す人達は錬金術師なのかもしれない。
「もちろん、錬成具の出来は作製した錬金術師によるわ。
「そんなのがあるんだな……つか、工場的なのはないのか?」
エレアは少し困った顔をして、かすかに
「私も、そこまで
「ああ、ピピンが結構いい代物つってたな。なるほど、なるほど……」
不思議な力に
「エレア、いろいろ教えてくれて本当にありがとう。かなり勉強になった」
「え、ええ……」
エレアにお礼を告げ、悠真は次に本棚の前まで歩み寄っていく。
文字をまったく読めない悠真からすれば、これが
この世界をより深く知るためには、やはり書物を読むのが近道だと思える。しかし一から勉強をするにしても、
適当に一冊を抜き取り、悠真は開いた。ミミズのような文字が散らばっている。
「これは、ずいぶんと古い書物ですね」
今度はシャルが
「あ、そういえば……
シャルが、どこか
「私には、わかりませんね。この大陸から出るためには
「あ、そ、そうか。そうだよな。うん。すまん」
気まずい空気が広がる中で、悠真はシャルに謝罪した。
あまり人と関わりを持たない――いや、持つのが許されない少女なのだ。
「方言の
今はさほど問題はない。だが、訛りがどういうものなのか、言語が変わった場合も
「悠真君は、アリシアのおっぱいが大好き。好き好き大好き」
「おい、
悠真は半眼で
「今の言葉は、どこの国の言葉なんですか?」
シャルが不思議そうに首を
「驚いたわ。悠真君、私の育った大陸にある民族語が聞き取れるのね」
アリシアが、強く感心を覚えたと言わんばかりの吐息を
これまでと違った、別の言語で喋ったらしい。
ゆっくりとエレアが歩み寄ってきて、悠真の手にしている書物のほうを見た。
「お前が持っている書物、闇の精霊王が活躍した法術戦争が
悠真は息を呑んだ。再び、書物に視線を落とす。
「少し聞きたいんだが、闇の精霊王の
「闇の精霊王から
エレアが言った名無しの男――なぜ〝名無し〟なのかは疑問だが、おそらくそれが
アリシアがカップを受け皿に置いたあと、座ったまま悠真のほうを向いた。
「名無しの男に関しては、闇の精霊王から寵愛を与えられた以外の情報が少なくて、学者達が
「
アリシアの言葉を奪う形で、エレアが指を二本立てて割り込んだ。
「そういえば……初代の覇者がどうとか言ってたな。霧の摩天楼ってなんだ?」
「百年に一度、世界のどこかに巨塔が現われるの。選ばれた者は
エレアが満足げな顔をした。しかしアリシアは、困り顔をしている。
「千年も昔の――ご先祖様のお話ね。霧の摩天楼と呼ばれる不思議な塔を
シャルが一歩進み、
「私も書物での知識ですが
「他の
シャルとエレアが同時に、驚きの声を重ね合わせた。
「もともとは
妙に重苦しい沈黙が、場に落ちた。
一同の顔を順々に見つめたのち、悠真は何げない気持ちで質問する。
「魔人族って言うぐらいだから、悪い怪物とかそんなんだったんじゃないのか?」
「
「エレアノールさんの言った通りね。彼らは、彼らの生活を
アリシアの声は
「歴史書では、滅亡を
アリシアは首を横に振り、重みのある吐息を
「いいえ……それが、書き換えられた
シャルとエレアは、
表情が
アリシアからすれば、悠真の存在が不可解に感じたからこそ近づいた――これは、本人が告白した通り
しかし話し相手が欲しいと願っていたのも、おそらく
もしかしたら、少し前に顔を暗くした
悠真は全員の顔を、ゆっくりと見回した。この場にいる誰もが、それぞれの
気を取り直したように、アリシアの表情が柔らかいものに移り変わる。
「
(親父が覇者、か……)
情報が少ないのなら、あれこれ考えたところで答えが出るわけでもない。少しずつ調べていけば、いつか
不意に、真っ白な背表紙に目が奪われる。ほかと比べ、厚みがなくとても薄い。
手に取って適当に開くと、児童向けの絵本だとすぐにわかった。
児童向けらしく
気まずそうな表情をしており、悠真はどう対応したらいいのか少し困る。
「ど、どうしたんだ、シャル?」
「そ、それは、光の聖女の童話ですね」
「これはどういう話なんだ? 絵はわかっても、文字が俺にはわからない」
エレアの不敵な笑い声が耳に届く。
「光の聖女の話なら、子供の
「こほん……ある日、
エレアが絵本を開き、まるで紙芝居みたいな形式で語っていった。そこはかとない
人類の滅亡を
まだ十代と若い勇者は
『なぜお前は、世界の滅亡を企む。なぜお前は、人々から幸せを奪うんだ!』
『お前達人類は、世界のためにはならない。だから
悪神の
「そんな勇者に、悪神は『お前に一つ
敗北に絶望した勇者は、
諦めかけた勇者の前に、一人の
黒い髪と瞳を持つ彼女は、神の
「自らを光の聖女だと名乗った少女は『共に、世界を救いましょう』と告げました。勇者は己を
戦乱の世界へ戻った勇者は知る。悪神にもまた、一人の少女が
銀色の髪と瞳を持つ、光の聖女と
そこまで話を聞き、悠真はシャルを盗み見る。整った顔に影が差していた。
(光の聖女と禁忌の悪魔、か……)
「身も心も傷つきながら……勇者と光の聖女は人類の幸せを願って戦い続けました。その想いが、悪神と禁忌の悪魔を討ち果たすまでに導いたのです。地に
こうして世界は救われたかに見えたが――それはつかの間の
悪神
世界を救った勇者は、人類同士の
しかし戦火は収まるどころか、さらに勢いを増して燃え盛った。悪神の『人類は、世界のためにはならない』といった言葉を、勇者は思いださずにはいられない。
「勇者の中に
「自らの命を対価としたその秘法は、見事に勇者を優しかった青年へ戻したのです。けれど、地に伏した光の聖女の亡骸を
エレアは満足そうに、汗で
場に――
自然と、悠真は重みのある沈黙を破る。
「いや、待て待て待て。その後、勇者はどうなったんだ」
「聖女によって救われた命を、今度は自らの手で奪い取ったわ」
ぎょっとした悠真は、事もなげに告げたアリシアを見る。
「童話となっているのだけれど、これは紀元前の歴史を
アリシアの言葉を補うように、次いでエレアが声を
「光の聖女と平和になった世界を、共に歩みたかった……ってね」
なんとも救えない話に、せつなさが悠真の胸につかえる。
地球も異世界の歴史も、やはり戦争は
心持ち重苦しくなった雰囲気に
「さて、次はどれを読んでもらおうかな」
「お前、自分で読めるよう、ちょっとは勉強しなさいよ」
声を意識的に明るくした悠真に、エレアが声を低くして正論をぶつけてきた。
悠真は苦笑で
「あの、私でよければ、多少は教えられると思いますけど……」
「マジか。ありがたい! 頼むぞ、シャル」
にっこりと笑ったシャルが、女神のような顔をして首を
「しっかり体を休めてからにしなさいよ。部屋は全員分用意できているから」
「おお、それもありがたいな」
アリシアに、悠真は
この時間を
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