第十四幕 素直な気持ち
一時的に宿へと
「くそっ……くそっ……くそっ……!」
奥歯を
(なんだ、あいつは! なんだ、なんだ、なんだ!)
強大な法術を
最初は
真紅の瞳とは、高位の精霊から
その代わりに、火柱など問題にならないほどの不可解な
(あれは、まるで……精霊のそれだった! いったいどういった
精霊であれば、何も不思議ではない。腕が両断された程度なら、簡単に再生する。しかし彼はどう見ても人であり、精霊本体でも
これに関しては、混乱の
少なくとも、火柱の件は黒髪の青年でも、意識を失っていた禁忌の悪魔でもない。つまり第三の何者かが、あの場に
それほどまでに強大であり、また
逃がした事実も、第三の存在も、禁忌の悪魔も――アルドが
それこそ、血の
「それでも、私のほうが遥か高みにいた!」
百戦すれば百勝する自信が、アルドにはある。
剣と拳の異種ではあったものの、お互いが秘術と巫術などは用いらないと納得した上での、〝対等〟な〝条件〟であるはずだった。
黒髪の青年の目的は当然、禁忌の悪魔を救うにほかならない。
あの程度の技量しか持たない
いったん彼を自由に泳がせてみて、ほかにもまだ信徒が
現在、改めて考え直してみると、秘策など何も持っていなかったと感じられる。
本当の意味で一騎打ちに限っては、アルドと青年は〝対等〟な〝条件〟だった。
真紅の瞳を持った彼は、
火柱に同じ感情を抱えたはずなのに、自ら立てた
「くそっ……くそぉっ!」
自分よりも弱く、仲間が多くいた様子もない。
仮に自分が彼の立場に立たされた場合、果たして同様の行動ができたのか――
そんな誰もが不可能だと思うであろう行動を、黒髪の青年は有限実行した。
禁忌の悪魔が
たとえ実力が
それはまさに〝英雄〟と呼ばれる者の
(禁忌の悪魔の信徒が英雄?
胸中で否定の言葉を述べたとき、戸の奥から
「アルド団長、アルド団長!」
くぐもったリアンの声と同時に、戸を
部下に
高ぶる気持ちを
「どうぞ」
「失礼いたします」
「禁忌の悪魔と信徒の足取りが、
アルドは
「商業都市の外に〝呪われた屋敷〟と呼ばれる場所があります。そこに
アルドには聞き覚えのない名称だった。
「……呪われた屋敷? そんなものが?」
「一部の冒険者や賞金稼ぎ達の間では噂になっている模様。先日、名の売れた剣士が
「探査用の
「事前に試した様子ですが、投入直後に燃えて機能停止したと報告を受けました」
斜め下に、アルドは視線を流していく。
「その結界とやらは、聖印騎士団の者でも破れないのか?」
「暗部の話によれば、宮廷の法術士分隊程度であれば可能性はあるとの話です」
リアンの
当初の目的である〝
「いかがいたしましょう。包囲と突入の二つに部隊を編成し直しますか?」
リアンの
禁忌の悪魔も黒髪の青年も、どちらも自分の手で討ち取っておきたい。
実に
「よろしければ……このリアンを突入部隊の隊長としていただけませんか? アルド団長に
規律正しい立ち居振る舞いで、リアンが
意識的に、アルドは
「少し落ち着きなさい、リアン」
確かに、黒髪の青年は捨てては置けない。
充分に
「目的を見失ってはいけない。
「アルド団長!」
リアンが
アルドは
「安心しなさい。
「はっ! 差し出がましい言動、失礼いたしました」
「それはそうと、例の
「一切の
禁忌の悪魔達の
何が起こるかわからないのは、先の火柱
「わかった。それでは、皆の準備が整い次第すぐ出よう」
「了解しました!」
リアンの
(本来の目的を忘れはしない……だが、黒髪の青年。お前だけは絶対に逃さないぞ。何があろうとも、必ずこの私の手で討ち取ってやるからな)
アルドは拳をさらに強く握り締め、音が立つほど奥歯を
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
歯ぎしりにも似た
シャルとエレアを連れ、
屋敷の内部も外部と同様、数十年は放置されているようだ。家具や内装から当時の
一歩進むたびに、木造の床が
闇を照らすシャルの秘術がなければ、傷だらけになっていてもおかしくはない。
「でもこれ、すげぇ
悠真の
「わずかな秘力で
「ふ、ふん。その程度、できてあたりまえでしょう」
スウェットの
「その程度もできない、お前が言うな」
「これに
「ん、お前の属性はなんなんだ?」
「私は雷属性。どう、驚いたでしょう?」
エレアはまるで、新しいおもちゃを手に入れた子供みたいな表情になる。
反応を期待している眼差しを向けられたが、悠真は特に驚いてあげられなかった。そもそも属性が
隣を歩くシャルが、悠真に代わって驚きの表情を見せた。
「無属性と同じ、
「まあ、そう、ね。成功した試しは一度もないけど……」
生返事をしたあと、悠真は落ち込んだ。どんな属性でもあるだけ
属性や秘力の一つでもあればと、意味のない
「何よ、ふぅんって……お前も少しは驚きなさいよ!」
軽く
「そんな凄い属性を持っているのに扱えないとか、かなり
「お前、ここを出たら絶対に死刑にしてやるから」
おっかないと、悠真は肩を
「本当、
「お前、
エレアが
「人の体内で生成される秘力には、個人差や
エレアの説明に、悠真はぞっとする。もっと単純なものだと思っていた。
「まあ、大体はその前に
「そこまでわかってんのにさ、お前はどうして秘術が扱えないんだ?」
エレアは口を
「おそらく練り方に問題があるか、術式の展開が苦手なのかもしれませんね。きっと一度でも
シャルの
「そういえば、暗闇を照らす秘術って、常に秘力ってのが失われているのか?」
「多少は……ですね。でも、私は上手く
「少し
微妙な
「つか、こんな暗い中、お前はどうやって歩いてたんだ?」
「照明の錬成具を使っていたに決まっているでしょう」
「それ使えば、シャルは無駄に秘力を
「無理よ」
悠真が眉をひそめると、エレアは気まずそうな顔になる。
「だって……落として
生暖かくてべっとりとぬめりつくような、胃に痛みを覚える
「待て、奥に何かいる」
シャルの秘術が届かない暗闇に、ぼんやりとした影が
音もかすかに耳に届いた。
「えっ? 何よ、何! なんなの!」
「うるさい!」
混乱の
まばゆい白光が両手を
左足を半歩分前に出し、構えを取っておく。
動くはずのない
心臓が
後ろで悲痛な悲鳴をあげるエレアのお
ほかにも
肉が腐った者の一人は、右肩から左腹部にかけて深手を負っていた。
(
前方に立つ白骨死体が、
耳の奥に響く
「死霊系統の
「わかった。俺らが時間を稼ぐから頼んだ」
瞬時に
シャルが
その事実から、自分の判断が間違ったものではないと確信させた。
「おい、エレア――」
悠真はエレアを振り返り、そして
眠っているように、エレアが床板に倒れて
(こ、こいつ――
「純白の魂、
シャルが声を
悠真の全身を、
「
「ありがとう。時間は、俺一人で稼ぐから任せろ」
腹を
最前に立っていた動く骸骨が、ナイフを高く
「がら空きだな」
左拳を軽く放ち、相手の態勢を少し
ピピンから譲り受けた
想像以上に扱いやすく、拳にまったく負担がかかっていない。しかも、秘術か何か――不思議な力が働いており、
これはシャルの秘術のお
(まじか、すげぇや……あの荒くれ者達も、こんな感じだったのか)
宙を舞う一体の骸骨は、後方にいる別の死体をも巻き込んで倒れていく。
悠真は、素早くシャルに視線を移す。
「シャル、今の間に――」
「純白の魂――」
「――
不思議な形をした文字が、シャルの一言ごとに円陣へと打ち込まれる。
シャルが、そっと右手を差し出した。そのとき――円陣が力強い輝きを放つ。風を
次第に亡者達は崩れ落ち、床に倒れ込んだ。動きはなく、完全に停止している。
「これで、大丈夫です。もう二度と、
死者を導く
そして
「どうか……安らかにお眠りください」
シャルの行動と言葉から、本当に優しさ
だからこそ、余計に
そんな彼女が
少しの間、祈りを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます